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栗山巧へ「ライオンズをよろしくお願いします」元監督が振り返る2000安打に至る道「サインはいつも“好きなように打て”」「引っ張り禁止令の舞台裏」
text by

市川忍Shinobu Ichikawa
photograph byJIJI PRESS
posted2026/07/27 11:05
田邊監督(当時)と栗山
「攻撃的2番」として躍動
田邊は2009年まで二軍でコーチ経験を積んだのち、編成部を経て再びコーチに復帰した。2013年には一軍打撃コーチ、2014年も打撃コーチとしてシーズンをスタートしたものの、一軍監督が6月に休養。急遽、一軍監督代行を務めることとなる。
翌年はそのまま一軍監督に就任した。
一方、栗山は2008年にシーズン最多安打賞を獲得し、チームの日本一にも貢献。その後、不動のレギュラーとしてチームを牽引する。
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田邊が一軍監督となったころには、栗山はさまざまな打順を任されるようになっていた。
「私が監督代行と監督を務めていた時代には2番を任せることが多かったですね。2番といってもつなぐ意識よりも、攻撃的な2番というイメージで、『好きなように打て』というサインしか出しませんでした。クリの場合、進塁打を打つ技術もありましたから」
打線の上位を任せれば、それだけ多く打席が回ってくる。栗山がヒット数を増やした要因のひとつである。
育成選手には「いる間に全て聞け、と」
田邊は2016年シーズン終了後、成績不振の責任を取って監督を辞任した。その後、アドバイザーや編成などを経て現場に戻ってきたが、還暦を迎えた今でも若い選手と一緒に汗を流し、選手の指導に心血を注いでいる。栗山の話をするときと同じような熱量と、穏やかな笑顔で今、練習に付き添っている育成選手のことも語る。可能性を秘めた原石のような選手を一から育て上げ、その成長を見守ることを生きがいとしているような指導者だ。
「今も、育成選手には『栗山に聞きたいことがあったら聞きにいったほうがいい』と言っています。今後、栗山がチームに残るかどうか現段階ではわからないので、いる間に聞きたいことはすべて聞けと言っていますね。
クリも私の顔を立ててくれているのか、本当に真剣に答えてくれている。そういう存在というのは、なかなか現れるものではありません。それに本来であれば、あまり他の選手にアドバイスはしたくない。プロ野球選手は個人事業主ですからね。それでも若い選手にいろいろと教えてくれる。クリは球団の財産だと思いますね」

