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「じつは相撲部屋からスカウトも…」男子バレー清水邦広の母が語る“ご縁に恵まれた”バレーボール人生「ヤンチャだった中学時代の“眉毛事件”」

posted2026/07/17 11:06

 
「じつは相撲部屋からスカウトも…」男子バレー清水邦広の母が語る“ご縁に恵まれた”バレーボール人生「ヤンチャだった中学時代の“眉毛事件”」<Number Web> photograph by R/OSAKA BLUTEON

現役を引退し、来季から大阪ブルテオンのコーチに就任する清水邦広(39歳)。バレーボールへと導いた母が息子との思い出を振り返った

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田中夕子

田中夕子Yuko Tanaka

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長らく男子バレー界を牽引し、酸いも甘いも味わってきた清水邦広(39歳)。大学生で日本代表に抜擢されながら、「暗黒時代」と揶揄された低迷期を支えてきた。膝の大ケガにも泣かされながら、それでも第一線であり続けた清水を慕う選手は多い。愛された男のバレーボール人生を、いちばん近くで見守ってきた「ふたり」の証言で振り返る。〈NumberWebインタビュー全3回の1回目〉

 あの子には、おかてがある――。

「おかてがある」というのは、福井県の越前地方で「生まれながらによい運勢を持っている」「生まれつき恵まれている」という意味で使われるのだという。

 今年5月、18年に及ぶ現役生活に別れを告げた清水邦広の母、香代子さんが息子に向けた言葉だ。

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「出会うべき時に、会わなければいけない人に出会ってきた。これだけ長い間プレーし続けることができて、引退してからもたくさんの人に声をかけてもらって、取り上げてもらえて。本当にありがたいことだし、ご縁に恵まれて、“おかてがある”んですよ」

引っ込み思案のおばあちゃん子

 1986年8月11日、邦広は福井県美山町(現・福井市)に生まれた。体の大きな赤ん坊だったが、性格はおとなしく、人見知り。大のおばあちゃん子で、いつも祖母が畑仕事をしている横に座って、日が暮れるまで一人で小さな石ころを集めるお手伝いをしていた。

 少しでも社交性を持ってもらいたかった母は、夏休みに隣町と合同のキャンプ企画に申し込むよう仕向けたが、邦広は「知らない人と一緒は嫌だ」と、母に内緒で申込書を出さなかった。そんな何をするにも「嫌や」が口癖の少年が、初めて「やりたい」と意志を示したのがバレーボールだった。

 きっかけは母が参加していたママさんバレーだった。小さいころから、「私がいないところでお兄ちゃんとケンカするのは嫌だから」と邦広を練習や試合に連れて行った。そこで“エース”として活躍する香代子さんの姿に、子どもながらに憧れた。

 バレーボールを本格的にはじめたのは小学4年生のころだ。

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