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「じつは相撲部屋からスカウトも…」男子バレー清水邦広の母が語る“ご縁に恵まれた”バレーボール人生「ヤンチャだった中学時代の“眉毛事件”」
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田中夕子Yuko Tanaka
photograph byR/OSAKA BLUTEON
posted2026/07/17 11:06
現役を引退し、来季から大阪ブルテオンのコーチに就任する清水邦広(39歳)。バレーボールへと導いた母が息子との思い出を振り返った
中学時代のエピソードはこれだけでない。ブロックに跳んだ際、ボールを顔面に受けて網膜剥離になったこともあった。その時は「大丈夫」とやり過ごしたが、数日経ってから、「視界の半分が真っ黒なんやけど」と症状を話した邦広を病院に連れて行った。すぐに手術を受けたが、再びボールが顔面をヒットする可能性は否めない。バレーボールを続けられるのか悩んでいた時、「目を防御するいいゴーグルが海外にある」と探してきてくれたのが、中学校の交流戦で邦広の才能を見抜いたパナソニックパンサーズ(現・大阪ブルテオン)のスタッフだった。香代子さんが回顧する。
「邦広はゴーグルのおかげでバレーボールを続けていくことができた。だから、私はいつかあの時の恩をパナソニックに返してほしいと思っていたんです。18年間もお世話になれたのも、それもご縁でしょうね」
高校時代の監督「野性味がないとあかん」
厳しく叱責されながらも、美山中では大エースになるべく育てられた。「スパイクは全部邦広に上げろ」と、コートの至るところから打ちまくった。大柄なサウスポーの存在は、すでに多くの人たちの目に留まり、その中には、のちに進学する福井工大福井高校の堀豊監督もいた。
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「野性味がないとあかん」と“ゴリ”と名付けたのも堀監督だ。清水を迎え入れると、将来を見据えて高いトスを打ち切れるアタッカーに育て上げた。小さくまとまらないように、「壁に向かってスパイクを打て!」とパワーアップを促す指導によって才能はさらに開花していった。堀監督は同じ福井県出身で、北京五輪で主将を務めたOB荻野正二にも「邦広に教えてやってくれ」と頼み込んだ。
「何で俺ばっかり(厳しくされるのか)……って本人は言ってましたけど、堀監督は邦広を荻野さんのようなトップ選手にするためには、荻野さんがやってきた以上のことをやらなダメだと思ったんでしょうね。今振り返ると、あの子をつくるために上らないといけない階段を上がらせてくれる人がいた。会わないといけない人たちに、ちゃんとその時々で会わせてもらえたなって、私は思っているんですよ」(母・香代子さん)


