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「自分は日本人でも韓国人でもない」在日コリアン4世・金勇輝が“韓国代表”を選んだ日「虫垂破裂…即手術です」ラグビーW杯の夢を遠ざけた“痛みへの耐性” 

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山川徹

山川徹Toru Yamakawa

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photograph byYonhi Kim

posted2026/07/17 11:03

「自分は日本人でも韓国人でもない」在日コリアン4世・金勇輝が“韓国代表”を選んだ日「虫垂破裂…即手術です」ラグビーW杯の夢を遠ざけた“痛みへの耐性”<Number Web> photograph by Yonhi Kim

2022年7月、韓国代表としてラグビーW杯予選のピッチに立った金勇輝

 断たれたとはいえ、2027年W杯オーストラリア大会時、金は34歳。金の経験は、韓国代表に必要とされたのではないか。

「引退にはいくつかの理由があったんです」

 金は、引退について切り出した。

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 2024年11月16日、韓国代表は翌年のアジアラグビーチャンピオンシップを見据え、ジンバブエとのテストマッチに臨んだ。結果は22対27で敗れたが、バックスの要としてフル出場を果たした金は、アフリカ予選の王者との接戦に確かな手応えをつかんだ。

 このときは、まだ誰も想像すらしていなかったのだ。この一戦が、彼が韓国代表だけではなく、ラグビー選手としてプレーした最後の公式戦となることを。

 試合後、アフターマッチファンクションで韓国選手や、ジンバブエ選手と試合について振り返った。首、肩、足、腹……全身が痛んだが、それが80分間全力で戦い続けた代償だといつものように受け止めた。

 翌日、帰国しても、痛みは引かない。第一子を出産したばかりの妻は、2カ月におよぶ代表活動の間、一人で家庭を支えてくれていた。これ以上、心配はかけられないと弱音は吐かなかった。

 翌朝になると、腹の痛みが増していた。試合中、知らないうちに脇腹に膝が入ったのだろうか。痛みに耐えながら、ふだん通りレッドハリケーンズ大阪のクラブハウスに向かった。2カ月間も韓国代表として活動ができたのは、妻の理解だけではなく、クラブやチームメイトのサポートがあったからだ。しかも週末に控えるNECグリーンロケッツ東葛(現JR東日本グリーンウォリアーズ東葛)との試合のメンバーに入っていた。

「週末の試合の準備もしていたんです。これ以上、チームに迷惑をかけられませんから。いま思えば、異常な痛みだったのですが……。ラグビー選手は痛み止めを飲んでプレーをするなんて当たり前なんで。それがよくなかったんです」

“痛みに対する耐性”が引退を早めた

 日曜日に帰国してから“異常な痛み”に耐え、月、火、水といつもと同じように過ごした。だが、木曜日の夜に限界を超える。妻と子が眠ったあと、自ら救急車を呼んだ金は、医師に「即手術です」と告げられる。

 虫垂炎の悪化で虫垂が破裂していただけではなく、腹膜炎を発症していたのだ。

 医師は、虫垂炎の原因を過労とストレスだと説明した。韓国代表の重圧に加え、生まれたばかりの子どもと妻を残して遠征していたことへの気がかりが、心身に想像以上の負担をかけていたのかもしれない。

 生来の責任感に加え、ラグビー選手特有の痛みに対する耐性が引退を早める一因になってしまう。彼はアスリートの資本である自身の身体以上に、自分を韓国代表として送り出してくれた人たちの思いを大切にしようとしたのだ。

 1カ月近くの入院を経て、復帰したものの、なかなかコンディションが戻らない。アスリートが入院した場合、1週間で10%から15%の筋力が失われると言われる。さらに失った筋力を取り戻すには4倍の時間がかかるという。金は、2024-25シーズンはリハビリに終始した。

 だからこそ、2025-26シーズンに期する思いがあった。

 レギュラーに返り咲き、韓国代表としてW杯出場を果たす。

 強い気持ちで迎えたシーズンだった。入院前と遜色がないパフォーマンスを取り戻せた自信があったが、最後まで出場機会はえられなかった。

 金を欠いた韓国代表は、2025年アジアラグビーチャンピオンシップで3位に沈み、悲願だった2027年のW杯出場を逃す。

「目標を失ってしまったのが大きかった。韓国代表としてW杯に出場するという夢が断たれたわけですから」

【次ページ】 ラグビーに捧げた30年間…金勇輝のこれから

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