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「それは、逆に日本人を差別しているんじゃないか?」大阪朝鮮ラグビー部“結束の絆”在日コリアン4世・金勇輝の証言…在日の高校生に刺さった監督の問い
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山川徹Toru Yamakawa
photograph byNIKKAN SPORTS
posted2026/07/17 11:02
少数精鋭ながら2年連続で花園4強を果たした大阪朝鮮高(2011年1月撮影)。チームを中核を担った金勇輝(左)をはじめ、トップリーグで活躍する選手を多数輩出した
「捉え方次第で、ピンチは、チャンスに変わる。ぼくにとって、韓国代表のオファーは新しいチャレンジだったんです」
“ピンチ”は2022年3月に訪れる。
NTTグループの企業再編にともなって、金が所属するNTTドコモレッドハリケーンズ大阪(現レッドハリケーンズ大阪)と、NTTコミュニケーションズ シャイニングアークス東京ベイ浦安(現浦安D-Rocks)とのチーム再編成が発表された。大阪は社員選手を中心としたチームの見直しにともない、リーグワンの1部から3部への降格が決まる。
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加えて、日本代表のセンター争いは新たな局面を迎えていた。
日本代表のセンターには、立川理道や中村亮土ら上の世代の常連がいた。彼らと何度も対戦し、日本代表の合宿でともにトレーニングをしたが、絶対に埋まらないほどの差は感じなかった。
けれど、30歳を間近に控え、代表をめぐる状況が変わってきた。中野将伍や長田智希、ディラン・ライリーら若い世代が台頭し、桜のジャージに袖を通す。上には実績ある選手が立ちはだかり、下からは新しい世代が突き上げてくる。
「現実的に日本代表は厳しいかなと」
いったん言葉を切った金は「いえ」と自分の感情を確かめるように言葉を選んだ。
「それでも日本代表をずっと目指していました。それは間違いありません。決して諦めたわけではなかったのですが、現実として日本代表が遠退いていく実感があったんです」
逡巡の末、金は思った。3部の選手が日本代表に呼ばれることはないだろう。もうラグビーを辞めようと。
新たな道を示したのが、恩師の呉英吉だった。
「ラグビーへの情熱を取り戻してほしかった
2015年に大阪朝鮮高校を退職した呉は、NTTドコモレッドハリケーンズのリクルーターに転身。さらに21年から渡韓し、大韓ラグビー協会の理事と韓国代表の監督を兼任していた。
呉は金勇輝に声をかけた背景を説明する。
「韓国代表のチーム編成の面では言えば、センターがネックの一つだったんです。そこにピタッとハマったのが、勇輝。ディフェンスも堅実で、アタックに緩急がつけられる。韓国では、派手なプレーが評価されがちなせいで、勇輝のようなタイプが少ないんですよ。代表に絶対に必要だと代表選考会で勇輝の映像を見せました」
それに、と呉は続けた。
「NTTの再編で、勇輝が悩んでいたのを知っていました。このまま引退させるのは惜しいなと。もう一度、ラグビーへの情熱を取り戻してほしかったんです」
呉が金に期待したのは、プレー面だけではなかった。
韓国では、ラグビーを名門大学への進学や、韓国軍の体育部隊に選手として入隊するための手段と考える選手が少なくなかった。そのせいか、呉は韓国選手の主体性に物足りなさを感じていた。日本では、高校世代でも選手同士が試合中に戦術やゲームプランを話し合って修正していく。対して、韓国の選手は、監督の顔色をうかがう傾向が強かった。
呉は韓国代表選手にこう話した。
「金勇輝は君たちよりもスピードもパワーもないかもしれない。でも、一つ一つのプレーを見たらわかるはずだ。基本に忠実で、パスミス、キックミス、タックルミスをしない。試合中にも選手たちとコミュニケーションを取りながら課題を解決しようとする。彼の80分の試合全体を通した戦い方を、いや試合に向けた練習の取り組みや、試合後の過ごし方も含めて学んでほしい」
韓国代表へ。ただ、その決断には、一つだけ足かせがあった。それがリーグワンのカテゴリーだ。〈つづき→第3回〉

