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江夏豊の怒り「記事を書いた新聞記者は俺の前から消えた」黒い霧事件“作られた八百長疑惑”とは何だったのか? 本人が激白「たまたま暴力団の組長が…」 

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江夏豊+松永多佳倫

江夏豊+松永多佳倫Yutaka Enatsu + Takarin Matsunaga

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photograph bySankei Shimbun

posted2026/07/12 11:01

江夏豊の怒り「記事を書いた新聞記者は俺の前から消えた」黒い霧事件“作られた八百長疑惑”とは何だったのか? 本人が激白「たまたま暴力団の組長が…」<Number Web> photograph by Sankei Shimbun

球界を揺るがした八百長スキャンダル「黒い霧事件」に巻き込まれ、謹慎処分を受けた江夏豊。実際は完全に無関係だった

 今もはっきり名前を覚えているけれど、読売新聞の某記者から、ある日の夕方に「ちょっと話聞かせてくれや」と連絡があった。「ほんじゃあ、ええよ」と虎風荘近くの喫茶店で喋ったことが、「黒い霧事件」の「時計問題」につながる。

「記事を書いた新聞記者は俺の前から消えた」

 69年オフ、藤田平や遠井のゴローちゃんら5、6人で姫路のバーで飲んでいると、たまたま暴力団の組長が居合わせていて、いっときだけ合流した。野球の話をしていると、俺のシーズン奪三振記録の話になり、その組長が「よう頑張ったな」と、自分の腕にはめていた金の時計を渡してくれた。相手の面子を潰すわけにもいかず、「ありがとうございます」と受け取ったという経緯だったのだが、それを俺が記者に話してしまったのだ。

 すると「江夏も八百長に絡んでいた」という内容の記事が掲載され、俺も疑惑の目を向けられたのだ。読売の姑息な陰謀だと思った。

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 幸いにも当時の鈴木龍二セ・リーグ会長が自ら乗り出し、「江夏は全く関係ない」と発表してくれたので疑惑は晴れた。だが、誤解を招く行動で世間を騒がせたという理由で、球団からは70年の6月18日から30日まで謹慎処分を受けた。

 この時の読売新聞の記者は、記事を書いてから俺の前から消えた。顔を見たらぶん殴ってやろうかと今でも思っているが、あれ以来一度も姿を現わさない。とにかく鈴木会長が俺の潔白を発表してくれて、本当に感謝している。嫌な奴もたくさんいたけれど、多くの誠実な人にも恵まれていた。そうした方々からの恩は忘れてはいけない。

<続きは書籍でお楽しみください>

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