甲子園の風BACK NUMBER
「まるでPL学園」ユニフォームそっくり…PL学園OBがひそかに応援する“山口の私立高”とは? 清原和博の先輩“あの伝説的コーチ”が現地で奮闘していた
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井上幸太Kota Inoue
photograph byKatsuro Okazawa/AFLO
posted2026/07/14 11:00
現在、休部状態にあるPL学園硬式野球部。いま同校OBが“第二のPL”として熱い視線を送る高校が山口県にある
1985年夏の甲子園、宇部商は決勝まで勝ち進むが、決勝で「KKコンビ」を擁するPLにサヨナラ負けを喫した。KK最後の夏をドラマチックに飾る幕切れだった。
当時小学生だった田村もこの試合に魅了された野球少年の一人で、地元の宇部商に憧れるとともに、絶対王者のPLの「ファン」になったという。
宇部商OBが、甲子園で激突したPLとそっくりなユニフォームに身を包む。知人たちは、その状況を興味津々で見つめていたのだった。
PL「伝説のコーチ」が総監督に…
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たしかに、見れば見るほどそっくりだ。胸文字だけでなく、デザインの刷新にあたり、メーカーもPLが採用していたものに変更。本家と同じアイボリーの生地を採用している。
さらに、左袖には「OGŌRI」。学校のあるJR新山口駅周辺を指す「小郡」のローマ字表記だが、本家の「OSAKA」と同じく「O」から始まるところも、PL学園を彷彿とさせる。
「そこ、ショートもあるで!」
校舎に隣接するグラウンドに、関西弁の指示がこだまする。かつてPLのグラウンドにも、幾度となく響いた声だ。声の主は、山口県鴻城の総監督を務める清水孝悦である。
清水はPLのOBで、KKの1学年先輩。在学時は主将を務め、卒業後は母校のコーチとして熱血指導で黄金期を支えた。その実績から、人は彼をこう呼ぶ。「伝説のコーチ」、はたまた「鬼軍曹」と。
清水が総監督に就任した2024年から、学校の計らいもあり、限りなくPLに近いユニフォームに刷新された。
そもそも山口県鴻城とは?
山口県鴻城は1889年に創立。宇部鴻城とは学校法人を同じくする兄弟校で、県内では区別するために「県鴻城」と呼ばれる。
野球部は1915年創部。3度の夏の甲子園出場経験があるものの、1992年を最後に遠ざかる。近年は弟分の宇部鴻城の後塵を拝している状況だ。
学校から清水に初めてコンタクトがあったのは、2023年の夏。夏の山口大会で敗れた直後だった。
〈つづく〉



