甲子園の風BACK NUMBER
「まるでPL学園」ユニフォームそっくり…PL学園OBがひそかに応援する“山口の私立高”とは? 清原和博の先輩“あの伝説的コーチ”が現地で奮闘していた
posted2026/07/14 11:00
現在、休部状態にあるPL学園硬式野球部。いま同校OBが“第二のPL”として熱い視線を送る高校が山口県にある
text by

井上幸太Kota Inoue
photograph by
Katsuro Okazawa/AFLO
PL学園。甲子園で春夏7度の優勝を果たし、通算96勝を積み上げた名門校である。
2016年夏を最後に休部、事実上の廃部状態から10年経った今も、甲子園の季節がやってくると、自然とPL学園の面影が浮かび上がる。
テレビ中継の合間に流れる過去の名勝負の映像はもちろんのこと、今春のセンバツにはPL黄金期を率いた中村順司元監督の孫の盛汰が、佐野日大の主将として出場。中村氏がスタンドで雄姿を見守る中、2安打を記録した。他にも、横浜、沖縄尚学など複数校で、PL学園OBの子息がベンチ入り。高校野球界に絶大なインパクトを残した名門の遺伝子は、今なお息づいている。
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とりわけその血が色濃く受け継がれようとしているチームが存在する。山口県の私立、山口県鴻城だ。
そっくり…両校のユニフォーム
まずユニフォームに目を奪われる。1段目はブロック体のようなシンプルな書体で「KOJO」。2段目は、ややアーチがかった巨人と同じ花文字で「YAMAGUCHI」。かつて甲子園で数多の対戦相手を震え上がらせ、全国の野球少年を魅了した、あのユニフォームと瓜二つである。
「このユニフォームに変わった年に、公式戦で母校と対戦する機会があったんですけど、先輩や同級生から『似合ってたぞ』と連絡をもらいましたね」
こう語るのは、山口県鴻城の監督、田村智だ。知人たちがこぞって連絡したのは、田村が宇部商OBだからに他ならない。PLと宇部商。熱心な高校野球ファンならば、自然と「1985」という数字が思い浮かぶだろう。

