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40歳GKボジーニャだけでない…“26年前は最弱国”カーボベルデW杯躍進のナゼ「質素なトラックで凱旋パレード」「総市場価格101億円は日本代表の1/5」
posted2026/07/09 11:02
40歳のGKボジーニャの大活躍とともに、北中米W杯を彩ったカーボベルデ。そもそも国の成り立ち、そしてフットボールの強化プロセスとは
text by

沢田啓明Hiroaki Sawada
photograph by
Mutsu Kawamori
カーボベルデ…滋賀県よりちょっと大きい総面積
カーボベルデは、アフリカ大陸の西の大西洋上に散らばる群島だ。国名は、ポルトガル語で「緑の岬」を意味する。
1445年、ポルトガル人航海者がアフリカ大陸西岸で緑に覆われた岬を目にしてこう名付けた。そして、この岬から約600km西に群島を見つけた際、この岬の名前を流用して「カーボベルデの島」と呼んだ。これが国名の由来とされている。
以来、ポルトガルの植民地となり、1975年7月5日に独立した。つまり、国の歴史は51年でしかない。
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人口は60万人足らずで、これまでワールドカップ(W杯)に出場した国の中で、やはり今大会に初出場したキュラソーの15万人、2018年大会に出場したアイスランドの32万人に次いで3番目に少ない。面積4033平方キロは滋賀県よりわずかに大きいだけで、日本の約94分の1。これまでW杯に出場した国の中では、キュラソーの444平方キロに次いで2番目に小さい。
主な産業は観光と水産業で、製造業など他の産業は発展途上にある。国民一人当たりの年間GDPは約6000ドルで、日本の約6分の1。決して豊かな国ではなく、経済的な理由で子弟を合わせると150万人前後が欧米や他のアフリカ諸国へ移り住んでいる。
26年前は“世界最弱レベル”だったのになぜ
国の歴史が51年しかないのだから、当然、フットボールの歴史も短い。
カーボベルデ・サッカー協会は1982年に設立され、1986年、FIFAに加盟した。2000年時点の世界ランキングは182位。つまり、今から26年前は世界最弱レベルだった。

