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40歳GKボジーニャだけでない…“26年前は最弱国”カーボベルデW杯躍進のナゼ「質素なトラックで凱旋パレード」「総市場価格101億円は日本代表の1/5」
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沢田啓明Hiroaki Sawada
photograph byMutsu Kawamori
posted2026/07/09 11:02
40歳のGKボジーニャの大活躍とともに、北中米W杯を彩ったカーボベルデ。そもそも国の成り立ち、そしてフットボールの強化プロセスとは
W杯アフリカ予選には2002年大会に初めて参加し、ファーストラウンドで敗退。2006年大会から2022年大会までのアフリカ予選も、すべてセカンドラウンドで敗退した。ただ、2022年大会では強豪ナイジェリアに勝ち点2差の2位と肉薄。強化が進んでいることを示した。
そして、2026年大会のアフリカ予選でW杯常連のカメルーンとアンゴラを倒して悲願のW杯初出場を達成。国中が爆発的な喜びに沸いた。
とはいえ、W杯開幕時点における世界ランキングは69位で、参加48カ国中、下から5番目。ハイチ、キュラソーなどと共に大会最弱国の一つとみなされていた。
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しかも、組分け抽選の結果、W杯優勝経験のあるスペインとウルグアイ、そしてサウジアラビアと同居するH組へ。大方の予想は、「2強2弱」だった。
40歳GK「ボジーニャ」は本名ではない
しかし、初戦でスペインの猛攻を受けながらも、ボジーニャ(「小さなおばあちゃん」の意味)という不思議なフットボールネームを持つ40歳のGKが奇跡的なセーブを連発し、0−0で引き分け。母国で大騒ぎになり、世界的にもかなりの話題となった。
ちなみに、ボジーニャの本名はジョジマール・ジョゼ・エボラ・ジアス。ファーストネームは、1986年W杯で活躍したブラジル代表右SBの名前から取られた。父親が職業軍人で、母親も多くの仕事を掛け持ちして多忙だったことから、母方の祖母に育てられた。幼い頃から年上の子供たちとボールを蹴り、試合に負けると悔し泣きをしたことから、「おばあちゃんに慰めてもらえ」とからかわれて「ボジーニャ」と呼ばれるようになった。
25歳でプロ選手になり、当初は本名でプレーしていた。しかし、26歳から29歳までアンゴラのクラブに在籍した際、同名のGKがいたことから、子供時代のニックネームでプレーすることにしたのである。
幸先の良いスタートを切ったカーボベルデは、南米の強豪ウルグアイと対戦。前半21分、MFケビン・ピナが約30mのFKを右足で強烈に蹴り込んだ。カーボベルデにとってW杯での史上初の得点とあって、選手たちもスタンドのファンも母国の人々も狂喜乱舞した。興奮のあまり当のピーナはチームメイトに頬を叩かれて正気に戻ったほど。その後、ウルグアイに逆転を許したが、後半、敵陣でのウルグアイのパスミスに乗じて同点シュートを決め、2−2で引き分けた。
メッシとアルゼンチンを慌てさせ…世界中から称賛
強豪2カ国と引き分けたことで、カーボベルデへの注目度がますます高まった。

