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池袋の路上で8人KO「義理人情の男」ガッツ石松の“じつは偉大すぎた”現役時代…「日本人にライト級は無理」先入観を覆した“基本に忠実なボクシング”
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渋谷淳Jun Shibuya
photograph byJIJI PRESS
posted2026/06/15 17:30
1974年4月11日、圧倒的不利の下馬評を覆してWBC世界ライト級王者となったガッツ石松。その後も5度の防衛を果たした
路上で8人KOして逮捕「義理人情の男」の素顔
石松はタイトル獲得後、3度目の防衛戦でビッグネームの元王者ケン・ブキャナンを下すなど5度の防衛を成功させ、6度目の防衛戦でプエルトリコに遠征、デュランに初黒星をつけたエステバン・デ・ヘススに敗れて王座陥落した。1年後、クラスを上げてWBCジュニア・ウェルター級王者センサク・ムアンスリンに挑戦するも6回KO負け。ブランクの影響は大きく、これが最後の世界タイトルマッチとなった。
幕末期の侠客、森の石松のイメージを借りたリングネームを用い、縞の合羽に三度笠スタイルで入場した昭和のスターは、その見た目に違わず義理と人情に厚い人物でもあった。東洋王者時代の1972年10月15日、池袋で弟のけんかの助太刀をして暴れ、逮捕された事件は有名だ。十数人のグループを相手に、路上で8人をKOする“大立ち回り”だった。
前田さんが懐かしそうに振り返る。
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「石松は親分肌で面倒見が良かった。当時、エディ・タウンゼントさんがトレーナーについていて、エディさんが『ガッツはありがたい、時々小遣いをくれるの』と言ってました。同じくエディさんの指導を受けていた柴田はそういうことはしない。もちろんトレーナーはジムから報酬をもらっているから小遣いをあげる必要なんてない。でも、石松はそういうことをするんですよ」
引退後のタレントや俳優としての活躍はご存じの通りである。ボクシングジム経営はしなかったが、2010年には自ら設立した「世界チャンピオン会」の初代会長となった。今年3月8日、“入れ墨ボクサー”として知られた元日本ライト級1位、大嶋宏成さんが板橋区に開設した「大嶋拳闘俱楽部」のジム開きセレモニーに出席した。これが公に見せた最後の姿となった。

