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「サラリーは1/5」「次クビでも後悔なく」30歳戦力外→44歳まで現役…“あのオウンゴール”だけでない、南雄太だから話せる裏話「GK出身の使命ですから」
posted2026/06/11 11:03
柏レイソルなど、Jリーグで26年プレーし続けた南雄太。日本代表出場はゼロでも、そのキャリアは深いものだ
text by

生島洋介Yosuke Ikushima
photograph by
Kazuaki Nishiyama,Kiichi Matsumoto
柏戦力外→J2…サラリーは1/5に
30歳で柏レイソルから戦力外通告を受けた南雄太。彼に手を差し伸べてくれたのは、当時J2に昇格して2年目のロアッソ熊本だった。だが、待っていた現実は厳しいものだった。サラリーはレイソル時代の5分の1になった。
「レイソル時代はすべてが用意されているのが当たり前でしたが、熊本に行った当初は専用の練習場すらなく、練習に行くのに1時間かかりました。選手が練習前にロッカーでご飯を食べたり、漫画を読んだりしていて、最初は部活の延長みたいだなと衝撃を受けましたね。でも、熊本という土地は良くも悪くも自分の過去を知らない人が多くて過ごしやすかったですし、クラブがどんどん大きく成長していく過程に携われたことは、その後の自分にとってものすごく大きな財産になりました」
戦力外は、南のサッカー人生を終わらせる出来事ではなかった。むしろ、その後14年間にわたって現役を続ける大きな転機となった。
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「次いつクビと言われてサッカーができなくなっても、絶対に悔いが残らないようにやれることは全部やろうと思いました。年齢的にも、ケガでポジションを失ったら取り戻すのは難しい。練習の準備や身体のケアに対する考え方が完全に変わったんです」
その意識改革は、なにより日々の練習に現れた。
GKは試合中、たった1つのプレーでポジションや信頼を失うことがある。フォワードのように、ミスを重ねた次の1本でヒーローになれるわけではない。だからこそ、練習の1本のシュートにも強い執着心を持って向き合うようになった。
勇気をもって休んだ38歳→40歳で最高の状態に
そうした取り組みを続け、熊本で4シーズン、2013年に横浜FCへ移籍してからもポジションは譲らなかった。すると、横浜FCに在籍していた30代後半頃には新たな課題に直面した。疲労が抜けず、体の反応が遅れていることに気づいたのだ。

