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「ロコだけが盛り上がって…葛藤はありました」“国民的人気”のウラで吉田知那美は悩んでいた…退団後の今明かす、ロコ・ソラーレでの“最後の1年”
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松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byShiro Miyake、AFLO
posted2026/05/22 11:03
ロコ・ソラーレ退団、新リーグ参戦、カーリング以外の未来――。吉田知那美34歳が明かした【インタビュー第2回】
チームが時間をかけて培ってきた土台や地力のたしかさがあった。そのチームで、吉田は10年以上もの時間を過ごしてきた。
「アスリートって、自分の競技の中で社会性を身につけていくしかないじゃないですか。カーリングも、ロコ・ソラーレも、ものすごく狭くてすごく小さな社会でもあるけれど、ロコ・ソラーレというチームで、このメンバーで戦っていく中で、どんどん自分の社会を大きくすることができました。
最初はこのメンバーで強くなることだけ考えて、このメンバーがうまく機能するようにとみんなで努力して。そして日本代表としてオリンピックに行くとなったときに、カーリング界の一員として何ができるのかを考えた行動をしてきました。強くなるにつれて外に出ることが多くなったので、いろいろな国のことだったり、いろいろな常識があることも勉強できました。ロコ・ソラーレという存在があったから、世界中を旅することができたし、いろいろな人生経験をすることができたので、本当にエクストリームな学び舎にいる、みたいな気持ちでした」
「葛藤はすごくありました」ロコ・ソラーレの当事者として
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成績を残すにつれ、ロコ・ソラーレは大きな関心を集め、社会現象と化したこともあった。その真ん中にいて、戸惑いや葛藤があってもおかしくはない。吉田は頷く。
「もちろんありました。最初はロコ・ソラーレ、また北見市が有名になって、たくさんの人に応援してもらって、いろいろな人が試合に足を運んでくれるということがすごくうれしかった。ただ、ロコだけが盛り上がっている、ロコだけが人気でどんどんスポンサーを得て大きくなっていくことイコール日本のカーリングブームなのかな? と考えるようになってきたところもありました。カーリングブームって言ってるけど、それってもしかしたらロコ・ソラーレブームなんじゃないかという違和感みたいなものと、どうしたらもう少し持続可能なカーリングのブームになるのか、そういう葛藤はすごくありました」
