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「ロコだけが盛り上がって…葛藤はありました」“国民的人気”のウラで吉田知那美は悩んでいた…退団後の今明かす、ロコ・ソラーレでの“最後の1年”
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松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byShiro Miyake、AFLO
posted2026/05/22 11:03
ロコ・ソラーレ退団、新リーグ参戦、カーリング以外の未来――。吉田知那美34歳が明かした【インタビュー第2回】
目標のミラノ五輪には届かなかった
ただ、目標としていたミラノ・コルティナ五輪出場は、9月の日本代表決定戦で敗れ、かなわなかった。
「簡単に受け止められるような事実じゃない、というのはもちろんありました」
そして、「でも」と続ける。
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「私が28年間ぐらいのカーリング人生、ロコ・ソラーレでは13年ぐらいやった中で培うことができたのは、誰かが勝ったら誰かが負けるという事実を受け止められる力です。私たちが行かずにフォルティウスがオリンピックに行くことになった。ほんとうにそれだけ。もちろん私たちもオリンピックに行きたくて、オリンピックでの忘れ物を取りに行こうというのをスローガンにしていたけれども、それは私たちの理由、私たちの覚悟であって、(日本代表決定戦に参加した)SC軽井沢にもフォルティウスにもまた別の思いと覚悟があるわけです。それを比べ合うことはできないので。フォルティウスが行くとなったことには、ほんとうに心からおめでとうって思いました」
一連の言葉は、吉田に備わっているフェアな姿勢をあらためて伝えていた。
「心では、やっぱり悔しい、悲しい。その純粋な感情もありながら、でも立ち直って進んでいくしかないというのも、競技をやっていて学んだ感覚です。折れて気持ちを腐らせてしまったら途絶えてしまう。どんなことがあったとしても、毎回自分の力で立ち上がらなければ進んでいけない。進むための第一歩としてやらなければいけないのが、負けた事実を受け止めることだと思います」
「競技の中で社会性を身につけていくしかなかった」
オリンピックへの出場を逃したあと、吉田は、チームはどう考えたか。
「私はこのオリンピックサイクルから抜けると決めていたので、『悔しいから、また』とも全然ならず。逆にチームがスローガンに据えている世界一というのは終わってしまったのか? と考えたときに『終わってなくない?』とすぐになって、私たちが負けた直後の夕方には、『じゃあ世界選手権に絶対に行こう』って目標の方向転換をしていました。私たちにはきっとその強さがあるんだと思います」

