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「龍一は悩んでいました」木原龍一と高橋成美が“ペア解消”した真実…「言葉には表せない“相性”があるんだ」葛藤する木原が三浦璃来と出会った日 

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松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

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posted2026/03/04 06:01

「龍一は悩んでいました」木原龍一と高橋成美が“ペア解消”した真実…「言葉には表せない“相性”があるんだ」葛藤する木原が三浦璃来と出会った日<Number Web> photograph by JIJI PRESS

ソチ五輪団体で演技を行う高橋成美・木原龍一ペア

「一緒にペアやりません?」高橋からのオファー

「一歩踏み出して、『一緒にペアやりません?』って誘いました」(高橋)

 木原は悩みに悩んだ。2012-2013シーズン、シニアに上がるにあたってシングルで頑張っていきたいという決意を固め直して取り組んでいたからだ。一方で、競技を長く続けていくにはペアの方がよいのではないかとも思った。

 考え続けた末、ペアへの挑戦を決意。シングルでの最後の全日本選手権となった2012年12月、木原は12位で終えた。優勝したのは羽生結弦、2位に高橋大輔。さらに木原より上位には無良崇人、織田信成、小塚崇彦、田中刑事、町田樹、宇野昌磨……。分厚い層を誇るシングルで戦った末に、ペアに転向した。

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 木原はペアでの長いキャリアを誇る高橋に教わりつつ、懸命にペアに取り組んだ。それが実り、2014年、ソチ五輪の団体戦と個人戦に出場する。個人戦ではショートプログラム18位に終わりフリーに進めなかったが、結成して1年、ここまでたどり着いたのは、高く評価されてしかるべきものだった。

「龍一は悩んでいました」ペア解消の真実

 ただ、その翌年度の2014-2015シーズン、木原と高橋はペアを解散する。

「龍一から『解散したい』と話がありました」(高橋)

 そして当時を振り返り、高橋はこう語っている。

「私が龍一の確実なジャンプについていけず失敗して足を引っ張っているのが申し訳なかったり、龍一は龍一で『力がない、申し訳ない』と言ったり、時間を重ねるごとに2人で『申し訳ない、申し訳ない』という気持ちが増えてきましたね。龍一は成績が出せないことにも悩んでいました」

 その後、木原は須崎海羽と組んで、2018年の平昌五輪に出場する。ソチ以上の結果を目指したが、団体戦ショートプログラムは8位、決勝は5位。その決勝フリーのあと、木原は心底悔しそうに語った。

「練習でできていたことが出せなくて、すごく悔しいです」

 個人戦ではショートプログラム21位でフリーに進めずに終わった。

【次ページ】 「言葉には表せない、相性というのがあるんだ」

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