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「私から(浅田)真央が受け継いでくれて」そして“浅田に憧れた”中井亜美・島田麻央へ…レジェンド伊藤みどりが語った「トリプルアクセルの系譜」
posted2026/03/02 17:02
伝説の先駆者・伊藤みどりさんが、誰もが憧れる大技“トリプルアクセル”の魅力とその歴史を語り尽くした
text by

野口美惠Yoshie Noguchi
photograph by
KYODO
1988年に伊藤みどりが成功させて以来、女子の憧れの技として君臨してきたトリプルアクセル。過去33年間で13人の成功者のうち、6人は平昌五輪以降の成功者で、高難度ジャンプ時代が訪れている。女子も4回転を跳ぶ時代が到来したいま、必須になりつつあるトリプルアクセルの魅力と歴史を、伊藤に振り返ってもらった。
伊藤がトリプルアクセルの練習を始めたのは'84年、14歳の時だった。'84年サラエボ五輪でトリプルアクセルを決めたブライアン・オーサーのビデオを繰り返し見続け、この年11月のNHK杯のエキシビションでついに成功。記録に残らない、世界女子初となる成功だった。その後、練習中に骨折して再び挑戦することを諦めていた伊藤の心に火を付けたのは、'88年カルガリー五輪後に招聘された北米のアイスショーだった。
「『ミスタートリプルアクセル』と呼ばれたブライアン・オーサーやブライアン・ボイタノと一緒にツアーを回ったんです。トリプルアクセルを生で見ながら『こうやって跳ぶのか! やっぱり私も跳びたい』と目に焼き付けました。男子しか参考に出来ませんから、男子のクオリティで跳ぶのが当たり前。とにかくスピードを出して、前に飛び出して行くことを考えていました」
五輪史上初のトリプルアクセル
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'88年のNHK杯で国際大会初成功。金メダルの期待を背負って挑んだ'92年アルベールビル五輪は、現地入りしてからトリプルアクセルが不調に。フリーの前半で挑むも転倒。しかし、演技後半で再度挑んだ。
「中盤のスピンをしながら『次は、トリプルアクセルのリベンジをしようか、3回転ルッツにしようか』と考えました。『やって後悔するか』『やらなくて後悔するか』と考えたら、答えは1つに決まりました」
五輪女子史上初となる見事な成功だった。
引退後はアイスショーに出演しながら、31歳までトリプルアクセルを跳び続けた。今なお、その高さや飛距離は伝説である。

