高難度ジャンプに挑戦する天才少女が次々と登場してきた女子フィギュア界。4回転ジャンパーも現れ、トリプルアクセルへの挑戦は不可欠なものとなっている。
1988年に伊藤みどりが成功させて以来、女子の憧れの技として君臨してきたトリプルアクセル。過去33年間で13人の成功者のうち、6人は平昌五輪以降の成功者で、高難度ジャンプ時代が訪れている。女子も4回転を跳ぶ時代が到来したいま、必須になりつつあるトリプルアクセルの魅力と歴史を、伊藤に振り返ってもらった。
伊藤がトリプルアクセルの練習を始めたのは'84年、14歳の時だった。'84年サラエボ五輪でトリプルアクセルを決めたブライアン・オーサーのビデオを繰り返し見続け、この年11月のNHK杯のエキシビションでついに成功。記録に残らない、世界女子初となる成功だった。その後、練習中に骨折して再び挑戦することを諦めていた伊藤の心に火を付けたのは、'88年カルガリー五輪後に招聘された北米のアイスショーだった。
「『ミスタートリプルアクセル』と呼ばれたブライアン・オーサーやブライアン・ボイタノと一緒にツアーを回ったんです。トリプルアクセルを生で見ながら『こうやって跳ぶのか! やっぱり私も跳びたい』と目に焼き付けました。男子しか参考に出来ませんから、男子のクオリティで跳ぶのが当たり前。とにかくスピードを出して、前に飛び出して行くことを考えていました」
'88年のNHK杯で国際大会初成功。金メダルの期待を背負って挑んだ'92年アルベールビル五輪は、現地入りしてからトリプルアクセルが不調に。フリーの前半で挑むも転倒。しかし、演技後半で再度挑んだ。
特製トートバッグ付き!
「雑誌プラン」にご加入いただくと、全員にNumber特製トートバッグをプレゼント。
※送付はお申し込み翌月の中旬を予定しています
photograph by KYODO