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「一人で行うのではなく、より多くの人を動かす。その仕組みこそが社会貢献の一番のキー」中田英寿が推し進める「HEROs AWARD」が果たす役割

posted2026/01/20 11:30

 
「一人で行うのではなく、より多くの人を動かす。その仕組みこそが社会貢献の一番のキー」中田英寿が推し進める「HEROs AWARD」が果たす役割<Number Web> photograph by Kiichi Matsumoto

基調講演では、スポーツやアスリートが社会に与える影響力や役割について多角的な視点から議論が交わされた

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矢内由美子

矢内由美子Yumiko Yanai

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Kiichi Matsumoto

 アスリートとともに社会課題解決の輪を広げていくことを目的とする日本財団のプロジェクト「HEROs ~ Sportsmanship for the future~」では、活動の一環として優れた社会貢献活動のロールモデルを表彰する「HEROs AWARD」を2017年から開催している。第9回を迎えた2025年は、12月15日に都内で行った「HEROsAWARD2025」にて、これまでになかった新たな取り組みとして「スポーツ×社会貢献」をテーマとするさまざまなトークプログラムを開催した。

 その中のメインである基調講演「世界を変えるスポーツの価値-世界と日本が見据える、アスリートが担う役割」には、元サッカー日本代表でHEROsアンバサダーの中田英寿氏、世界のスポーツで活躍したアスリートや団体を表彰しているローレウス・スポーツ・フォー・グッド財団/ローレウス・ワールド・スポーツ・アカデミーのチェアマンであるショーン・フィッツパトリック氏、日本財団理事長の笹川順平氏が登壇し、スポーツやアスリートが社会に与える影響力や役割について熱い議論を交わした。

スポーツには人と人を結びつける力がある

 基調講演ではまず、海外からの参加であるフィッツパトリック氏が「スポーツには世界を変える力がある」について語った。フィッツパトリック氏はラグビーのニュージーランド代表“オールブラックス”のメンバーとして1987年の第1回ラグビーワールドカップで優勝。その8年後の1995年に南アフリカで開催されたワールドカップでは主将として、アパルトヘイト廃止により初めて参加が許された南アフリカ“スプリングボクス”と決勝で対戦した。

 当時のスプリングボクスはほとんどが白人選手だった。その中へ、黒人初の南アフリカ大統領であるネルソン・マンデラ氏が緑色のスプリングボクスのジャージーを着て訪れ、「大切なのは私たちが団結することだ」と語ったことは人々に大きなインパクトを与えた。満員の観客で埋め尽くされたヨハネスブルクのスタジアムで、南アフリカは優勝の大本命だったニュージーランドを下し、初優勝を飾った。

「マンデラ氏は白人により27年間牢獄に閉じ込められていたが、それは問題ではなかった。スポーツは人と人を結びつけるのです」

 現役時代に胸を打たれた経験を情熱的に語ったフィッツパトリック氏は、引退後に再びスポーツの力に心を動かされた時のエピソードについても言及した。

 2000年、ローレウス最初の後援者であるマンデラ氏から、「あのワールドカップが私たちの人生を変えた。あなたにはスポーツの力を使う機会がある。世界を変えるために行動を起こすことはあなたの義務だ」と言われたことが、「ローレウス・ワールド・スポーツ・アカデミー」の設立メンバーとなり、ローレウス財団の取り組みに参画するきっかけとなった。

「世界を変えるために、スポーツを活用するという目的で外に出て行く。それは素晴らしいことだ」

 フィッツパトリック氏のこの言葉には経験に裏打ちされた思いが込められている。

 また、フィッツパトリック氏はスポーツの力によって困難に直面している子どもたちを支援する活動についても触れた。2015年にリオデジャネイロのファベイラ(スラム街)で出会った少年がローレウス財団が助成するボクシング事業「Fight for Peace(Luta pela Paz)」に入って実力を磨き、2021年の東京オリンピックで活躍した事例を紹介。現代社会が抱える問題について言及しながら「スポーツを通して子どもたちの人生に変革をもたらしたい」と決意を語った。

個々の力が共有される「情報を集約する場」が必要

 ラグビー出身のフィッツパトリック氏と同様に、世界を股に掛けて活躍したサッカー出身の中田氏も、イタリアやイングランドでプレーしていた現役時代から多くのチャリティーマッチに出場することを通じ、スポーツの力を実感していたという。

「アフリカでは教育の重要性が浸透していないこともあり、遠くまで水汲みに行くのは子どもたちの仕事。水を汲みに行くと学校には行けない。そこで学校にサッカーボールを寄付をすることで、サッカーをやりたくて子どもたちが学校に来るようになり、勉強の機会を設けることができる。それこそがサッカーの力であり、スポーツの力」

 中田氏は「スポーツにはプレーするだけではなく、さまざまな使い方がある」と力説する。

 ただし一方で、スポーツのレジェンドたちが自ら財団を持って素晴らしい活動をしているのにも関わらず、その事実がほとんど知られていないことに気づいた。そこで感じたのが「情報を集約する場所を設けることが必要だ」という思いであり、2017年に始まる「HEROs AWARD」の立案だった。その際にヒントとなったのが、自身も出席したことのある「ローレウス・ワールド・スポーツ・アワード」の表彰式。中田氏は「世界のヒーローたちが一堂に会する場での交流は純粋に楽しかった」とも語った。

アスリートは社会にとって不可欠

 アスリートの社会貢献を促し、支える側である日本財団理事長の笹川氏は、「アスリートの力が社会に不可欠なものになったのがこの10年だ。トップアスリートは社会課題を解決するリーダーになれる。現代社会の複雑な課題を解決できる一番手はアスリートだと僕は思う」と実感を込めて言った。

 その思いが確かになった出来事として挙げたのは、2024年1月1日に発生した能登半島地震や2024年秋の能登半島での水害だ。自らも何度も現地に足を運んだ笹川氏は、「HEROs AWARD」での呼びかけによって動いたアスリートが被災地へ行くことにより、そこに何人もの賛同者が同行し、大勢がともに汗を流す姿を目にしてきた。

「この2年間、能登の復興は『HEROs』のプロジェクトがなかったらここまで進んでいないと思う。これは断言できる。アスリートの力は本当に素晴らしい。夢を持てない子どもたちがいる中で、アスリートの皆さんが現地へ行くだけでみんなが夢を持てる。目標が持てる。生きる力をもらえる。そういった声を現地で何度も聞いた」

 笹川氏は基調講演に列席したアスリートに視線を送りながら熱弁を振るった。

アスリートのコラボで持てる力を何十倍、何百倍に

 最後は登壇した3人が今後に向けての展望について語った。

 フィッツパトリック氏は「私たちはローレウスの活動を持続可能なものにしていく必要があり、そのためには哲学や理念を理解する良い人材を育てていくことが重要だ」と言い、このように続けた。

「子どもたちは自分自身を創造し、表現できる安全な環境にいる必要がある。それらはスポーツによって教えられるべき価値観だ。私はスポーツが良い人々を育てるために、尽力したい。そして、各国の政府がソーシャル事業をもっと支援することを訴えたい」

 中田氏は「スポーツ選手の価値は現役の時だけではない。ただ、現役を辞めた後はどのようにして自分たちが持つ価値を使えばよいのか、それが分からないという人も多いと思う。だからこそ、個々の力をひとつの場所に集約していくことが重要であり、そのためにHEROs AWARDを機能させていきたい。情報が集まることによって、アスリート同士のコラボレーションも生まれ、さらに力を使えることになるのではないかと思う」と言う。

 そしてもうひとつ、中田氏が強調するのは「スポーツ選手の社会貢献は一人でやることにとどまってはいけない」という考えだ。

「なぜかというと、スポーツ選手である自分たちには何百万、何千万の人を動かす力があるから。一人で社会貢献活動をすること以上に、いかに人を動かすか、いかに多くの人を動かせるか。その能力を有効に使うためにどんな仕組みが必要か。僕はこれが社会貢献の一番のキーだと思う」

 HEROs AWARDを開催することで集まる人と情報が、その何十倍、何百倍のパワーを吸い上げていく。中田氏が推し進めるアスリートによる社会貢献の仕組みは、HEROs AWARD開催9年にして確かな形成を見せている。

 さらに中田氏は、日本の農業に大きな関心を寄せ、新たな取り組みを模索していることについても言及した。

「根本にあるアイデアは、人を動かす力のある人たちが集まってさらに大きな力をつけて世の中を変えていこうということ。社会貢献というテーマは目標がはっきりしていて同じ志を持つ人が集まりやすいが、僕はいわゆる“誰かを助けること”は何でもいいと思っている。その中で全国の各地域を回って考えているのが農業のこと。スポーツはJリーグでもプロ野球でもバスケットボールでもスタジアムに毎週何十万人という人が動いている。そのパワーを運んで行けば、この先どれくらい大きなことが起きるのか。未来を考えながらみんなと何かをやるのは楽しい。多くの人でやっていける仕組みが重要だと思う」

日本のアスリートが持つ力は独特

 笹川氏は「フィッツパトリック氏の話を聞き、ローレウス財団のフィロソフィーが『Sport has the power to change the world(スポーツには世界を変える力がある)』で、スポーツの力を活用して世界を”一つの家族”としてつないでいることに、私たちと同じ哲学であることが分かってビックリした」と感歎していた。そしてこのように言った。

「私たちが助けなければいけないのは日本人だけじゃない。“一つの家族”である世界には困っている人が大勢いる。だから助けなければいけない。これが我々のフィロソフィーとして強くある。今後は日本国内にとどまらず、世界を見つめていきたい。日本全体でアスリートの社会貢献をやるのはもちろんだが、いずれ『ローレウス』と組める日がやって来たとしたら、日本を代表するアスリートたちが世界中で活躍することができると思う。そういう社会を僕らは応援していきたい」

 そして笹川氏は「日本のアスリートが持つ力は独特だと思う」とも語り、このように呼びかけた。

「日本は災害が多く、常に何かの危険が起こりうる上に成り立っている国。その中で、人が困難に直面した時に誰が一番力を発揮できるかというと、一番はアスリートだ。私は、スポーツの世界を極めた人は引退した後でも社会に出れば現役に変わると思っている。だから、この力をもっと分厚くしていきたい。アスリートのみなさんが自分の力の可能性を広げるという試みを、我々は徹底的にサポートするので、ぜひ参加していただきたい」

 基調講演を通じてはっきりしたのは、登壇した3人の思いは根本的なところで重なっており、同じベクトルを向いているということだ。スポーツが世界を変えることを信じ抜き、自分たちの行動で示す。その決意はアスリート一人ひとりの胸に大きく響いたに違いない。

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