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「お父さんと対戦したい」父はバレー界のレジェンド松本慶彦…清風セッター松本凛虎が目指す春高制覇「服を脱いだら“ゴツくなったな”と言われた」
text by

田中夕子Yuko Tanaka
photograph byYuko Tanaka
posted2026/01/07 06:02
松本慶彦を父にもつ、清風高校のセッター松本凛虎(3年)。春高バレー制覇を目指す
Vリーグや日本代表の合宿や遠征で父の不在が多かった幼少期は、母・小由樹さんの実家で暮らした。かつては母もVリーグの日立ベルフィーユでリベロとしてプレーした元選手。父の試合観戦はもちろん、引退後もバレーボールの指導に携わる母について体育館に行くことは多かったが、当時はさほどバレーボールに興味を示さなかった。
小学5年生でバレーボールを始めたきっかけは「友達が一緒だから」。中学3年生でセッターでプレーし始めたのも、母の助言が大きかった。
「小学生の頃はレシーバーとして入るだけやったんですけど、中学に入ってからはちょっとずつ基本練習も増えて、お母さんが『セッターがいい』って。将来のことを考えてくれたのかもしれないですけど、僕は乗り気じゃなかったんです。ヒョロヒョロやったからオーバーパスも飛ばないのでめっちゃ嫌でした」
不安もあった強豪校への進学
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父と似て細身だったが、中学に上がると身長も伸びた。大型セッターとして素質と可能性を買われてJOC杯に出場する大阪南代表に選出。敷かれたレールの上を走るだけだった凛虎が、初めてバレーボール選手としての将来を描くようになったのもこの時期だ。
「清風から声をかけてもらえて嬉しかった。バレーボール選手になりたい、と本気で思いました」
15歳だった凛虎は強豪校からの誘いに喜びを感じる一方で、それ以上に不安のほうが上回っていた、とも吐露する。
「清風はレベルが高いチームだと知っていたので、自分が行くようなところじゃないと思っていたんです。もともと心配性だから、自分みたいに全然うまくないヤツが行けるんかな、と思ったし、みんなに迷惑をかけるんじゃないか、と抵抗もあった。だけどお父さんとお母さんからは『レベルが高いところで毎日練習したら自分もレベルアップできる』と言われて、挑戦しようと決めました。今もまだヘタやし、試合に出られるわけじゃないので不安はありますけど、でも清風に行くと決めて、来てよかった、と今はすごく思います」


