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ボクシング拳坤一擲BACK NUMBER
「世界王者になっても職質された」「山手線にベルトを忘れ…」“超個性派ボクサー”小堀佑介の天然伝説「じつは日本人で3人だけ」ライト級世界王者の偉業
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渋谷淳Jun Shibuya
photograph byMikio Nakai/AFLO
posted2025/05/27 11:04

2008年5月19日、日本人3人目のライト級世界王者となった小堀佑介(当時26歳)
「世界戦はうれしい。けど申し訳ない…」
やがて小堀の正式なマネジャーとなった萩森氏は、世界タイトルマッチ開催に向けて奔走した。ところが世界戦のプロモートは初めてで、世界的に層の厚い階級だったこともあり、実現までの道のりは長く険しいものとなる。しかも標的に定めたWBAライト級王者、ニカラグアのホセ・アルファロとの交渉はやり手にして悪名もとどろくあのドン・キング氏が相手。アルファロを呼ぶために日本側は破格のファイトマネーを用意することになったのである。
今年1月、角海老宝石ジム会長となった小堀が振り返る。
「世界戦は難しいと思っていたので、決まったのはうれしかったと思います。ただ(大金を工面させてしまって)申し訳ないという気持ちはすごくありました」
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アルファロはこのときが初防衛戦で、戦績は24戦20勝(18KO)3敗1無効試合。数字が示すように強打者として知られていた。世界的に層の厚いライト級で世界チャンピオンになった日本人はガッツ石松と畑山隆則の2人しかいない。相手は難攻不落とは言えないまでも、小堀の挑戦は厳しいものになると予想された。ただし、ともに好戦的なスタイルで「噛み合う」とも見られていた。
1ラウンド、小堀の右で王者がフラつき…
とにもかくにも決戦の舞台は用意された。試合に挑む小堀はどうアルファロに立ち向かい、勝利をつかもうとしたのだろうか。
「作戦? いや、まったく覚えてないです。田中(栄民トレーナー)さんとずっとやってきて、作戦とかはいつも特になかったと思うんですよ。試合中にポイント、ポイントでアドバイスされるという感じで。自信? いや、あのときはどうだったんでしょう。何も特に考えていなくて、ただ思い切りやろうという感じだったと思います……」
頼りないようにも聞こえるが、相手うんぬんよりも自らのボクシングを貫き通すのが小堀のスタイルだ。かくして試合が始まると、期待通りに試合は噛み合った。小堀が右ストレート、そして最大の武器である返しの左フックでアルファロに迫る。アルファロもジャブ、左フックをフルスイングだ。挑戦者の右で早くも王者がフラついた。続いてアルファロの左で小堀の体が揺れる。初回からどちらが倒れてもおかしくないスリリングな攻防となった。