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安納サオリは「華やかに見えて古風なレスラー」里村明衣子が贈った称賛、ビッグマッチで引き出された“不屈”感…試合後“握手拒否”の理由とは?
posted2024/11/26 11:02
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph by
Norihiro Hashimoto
「どうして私なんだろう?」
安納サオリは率直にそう思った。来年4月に引退する“女子プロレス界の横綱”里村明衣子とのシングルマッチが決まったのだ。舞台は11月9日、里村が率いるセンダイガールズ(仙女)の新潟大会。里村の故郷での、恒例のビッグマッチだ。今回は引退前、最後の地元凱旋でもある。
「そんな貴重な時間、貴重な場所をどうして私にくれるんだろうって」
対戦が決まると、実家の父親も「ついに里村さんと試合ができるところまで来たのか」と感激していた。里村はキャリア30年目、日本のトップというだけでなくWWEと選手兼コーチの契約も。正直に言えば、自分が対戦することなどないだろうと思っていた。
フォーカスされにくかった“安納の悔しさ”
安納はもともと“女優によるプロレス”を謳うアクトレスガールズの出身。橋本千紘など実力派が集う仙女は敷居が高いと感じていた。まして里村には、新人時代に修行したスターダムでのイメージも強い。敵地に乗り込んでタイトルマッチを繰り広げる里村は、安納にとって雲の上の存在だった。
「でも、ただの“里村明衣子の相手”で終わるわけにはいかない。私のキャリアはまだ10年目だけど、安納サオリをブレずにぶつけるしかない」
2020年からフリーになり、仙女にも参戦。スターダムと契約しながら継続参戦し、この夏にはスターダムの“白いベルト”ワンダー王座と仙女のワールド王座の2冠獲得に成功した。
今はどちらのベルトも失っている。白いベルトを奪われた相手は、同期であり盟友のなつぽいだった。なつぽいからすれば、最高の相手に勝って悲願の初戴冠。理想的なストーリーすぎて、安納の悔しさはフォーカスされにくかった。
「その後に仙女のベルトも落として。ユニットとしての試合はともかく個人としては迷走状態でした。ここから何をすればいいのか。自分が好きな安納サオリではなかったですね」
里村「あの眼で私の前に立ってくれた。それがすべて」
テーマを見失いながら必死にもがく中で、里村戦が決まる。気合いを入れざるを得ない試合だ。
新潟大会のメインイベント、里村と対峙した安納の顔は“無”というレベルすら超えているように見えた。普段からクールなイメージのレスラーなのだが、それだけでもない。
「何も考えてなかった。とにかく里村明衣子だけを見てましたね。相手に集中して、絶対に目を逸らさないようにって。里村明衣子を眼の中に入れてるくらいの感覚で」
試合後の里村は、こう振り返っている。
「あの眼で私の前に立ってくれた。それがすべてでしょう。(対戦相手に選んだのは)間違いじゃなかった」