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「ご飯、どうするの」阿川佐和子が綴る仰木彬監督から”まさかのお誘い?”秘話… 牛タン店でイチローに遭遇「今度、阿川さんの対談に出ろや」
posted2024/09/26 17:01
text by
阿川佐和子Sawako Agawa
photograph by
Tatsuo Harada
発売中のNumber1104号に掲載の[特別エッセイ]阿川佐和子「律儀な色気」より内容を一部抜粋してお届けします。
仰木監督のお誘い「ご飯、どうするの?」
仰木彬監督と初めてお会いしたのは1995年のシーズンオフ、宮古島のオリックス・ブルーウェーブ秋季キャンプ地までインタビュー(週刊文春『この人に会いたい』126回)をしに押しかけたときである。日本一は逃したものの、リーグ優勝した直後のこと。その日の練習終わりのひとときをお借りして、すでにユニフォームを脱いでシャツにベスト姿となられた監督に開口一番、お祝いのご挨拶をした。
さして野球に詳しくないにわか仕立ての質問者に対し、監督は首を傾げる素振りも見せず、終始くつろいだ様子で語ってくださった。当時、オリックスでイチロー選手の人気が沸騰中、また近鉄時代の教え子であった野茂英雄選手が大リーグにて、日本人選手としては先駆的な偉業を成し遂げていた頃である。
「もしイチロー選手が野茂さんのように大リーグに行きたいと言いだしたら、どうしますか」という私の質問に、監督は間髪容れず、
「そりゃ困る(笑)。うちだけじゃなくて、日本球界にとって大きな損失ですよ」
そう答えられたのが懐かしく思い出される。今や日本の野球選手がアメリカで活躍するのが当たり前のようになっているけれど、あの頃はまだ、そんな気風は定着していなかった。
二時間の対談を終えてお暇しようとする我々取材陣(私と担当編集者M氏とカメラマン)に向かい、監督が、
「君たち、ご飯、どうするの?」
もはや日が落ちかける時間帯であった。
「適当に街に出てみようかと……」
M氏が答えると、
「僕たちもこれから飯を食いに出かけるから、なんなら一緒にどう?」
仰木監督にお誘いいただいた。こんなチャンスは滅多に訪れないだろう。「はい!」と二つ返事で応じ、監督と広報部の方々ともども球団の小型バスに同乗させていただいて、繁華街へ繰り出した。
向かったのは小さな焼き肉屋だった。網の上で肉を焼きながら監督が、
「アガワさん、焼き肉好き? 浅草に旨い牛タン屋があるんだけど、今度行きましょう」
さらなるお誘いか? それとも酔った勢いかしら?
「好きですけど。でも監督は、小宮悦子さんのようなタイプの女性がお好きなんでしょ。足がきれいですらっとした……」
こちらも絶え間なく注がれる泡盛をグビグビ飲みながら、酔いに任せてちょこっと拗ねてみせると、
「あのね、僕にはタイプというのはないんですよ」
焼肉からお寿司へ「もう少し飲みましょう」
さらりとおっしゃった。男の色気と含羞の入り交ざったようなその言い方が、なんともいえず仰木監督らしく感じられ、少々ドキッとした。