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「結構な血の量だったので、さすがに焦りました…」柔道・阿部一二三がいま明かすパリ五輪金メダル秘話「兄として絶対に妹の分までやりきる」
posted2024/08/23 18:40
text by
雨宮圭吾Keigo Amemiya
photograph by
Hiroyuki Nakamura
発売中のNumber臨時増刊号「パリ五輪 熱狂の記憶」に掲載の[兄妹で流した涙]阿部一二三「最高の嬉しさと、最高の悔しさ」より内容を一部抜粋してお届けします。
「兄として絶対に妹の分まで」
阿部一二三のパリオリンピックはウォーミングアップ会場で唐突に幕を開けた。
初戦に向けた準備をしながら、女子52kg級に出場している妹・詩の試合をモニターで眺めていた。1回戦を危なげなく勝ち上がり、2回戦も幸先よく技ありを先行している。「悪くなさそうだ。リードもしているし大丈夫」と思ったその矢先だった。詩は刹那の谷落としを浴びて、畳の上にあおむけに倒されていた。
阿部は目を疑った。ともに東京五輪以降は負けなしで突き進んできた妹がまさかの一本負け。モニターには、崩れ落ちて延々と慟哭する詩の姿が映し出されていた。
「妹が悔しがっている、泣いている姿を見て、僕も感情をどうしたらいいのかなと思いました」
下手をしたら自分まで泣いてしまいそうだったが、すぐに腹を決めた。
「自分が兄として絶対に妹の分までやりきる。泣くのは今じゃない」
モニターから目を離し、畳に向かった。ざわつくアップ場で動揺を表情に出すことなく自分の準備に切り替えた。
一心同体ではあるが、一蓮托生ではない。
阿部兄妹、とひとくくりにされることが多いが、阿部はそのあたりの意識の変化を大会前に語っていた。
「いつも一緒のイメージが強いと思うけど、最近はどっちも別々だなと考えている。オリンピックチャンピオンになって、もう一緒じゃダメというのかな。今回はお互いがやるべきことをやって、その結果が同日優勝なら最高だと思うようになりました」
阿部が2つ上の兄とともに6歳から柔道を始め、その練習についていった詩も同じ道を選んだ。消防士の父が考案した独自のトレーニングなどを重ね、いつしか二人とも世界的な柔道家となった。まるで一心同体のように歩んできたが、一蓮托生ではない。阿部はそう考えていた。
不安もあったはずの初戦だが、番狂わせの余地もない勝ちっぷりで滑り出した。開始25秒で技ありを奪い、さらに袖釣り込み腰を見舞って1分足らずで完勝。
「絶対に足をすくわれたらいけない。妹の負けで、より気を引き締めることができました」
準々決勝はタジキスタンのヌラリ・エモマリ。ここでも開始40秒、両袖を持った瞬間に電光石火の袖釣り込み腰で技ありを奪う。ところが、思わぬピンチが待っていた。
2分過ぎに阿部が鼻血を出して試合が中断。治療を受けて再開後、鼻の詰め物が取れて再度出血し、また処置を受けた。国際柔道連盟のルールでは、同じ部位の3回目の出血で相手の「棄権勝ち」となる。阿部は内心冷や汗をかいていた。
「結構な血の量だったのでさすがにちょっと焦りました」
「血が出ること自体は過去にもあったので落ち着いていたけど、2回目も結構な血の量だったのでさすがにちょっと焦りました。もう投げにいくしかないなと」
エモマリとの距離を一気に詰めると、抱きついての大内刈りを決めた。再開からたったの13秒。決めようと思えば、いつでも決められるのだ。とはいえ、一か八かの賭けに出たわけではなかったという。