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“古巣のユニフォームはファンにプレゼント”で「手元にはもう何もない」…《カープ戦力外→新潟入団》薮田和樹がそれでも心に残す“男気”の背中
posted2024/02/29 06:03
text by
酒井俊作Shunsaku Sakai
photograph by
BUNGEISHUNJU
広島を戦力外になった薮田和樹は2月になると、ちょっとしたトラウマに襲われる。
今季所属するオイシックス新潟アルビレックスBCのキャンプ序盤。雪が降る土地柄のため、ハードオフエコスタジアム新潟の屋外では体を動かせず、室内での練習にとどまっていた。調整の難しさについて話す中で、意外なことを打ち明けた。
「今年もカープの時と同じくらい仕上がっていると思うんですけど、もしかして外で投げたら、球が全然いっていないという不安もあるんです」
2017年のセ・リーグ連覇の立役者である薮田は、なぜ勝てなくなったのか。
いまなお、胸中に兆している心もとなさこそ、長く続いてきた不調を招いた元凶かもしれない。
2017年には最高勝率のタイトル獲得も…以降は苦戦
14年のドラフト2位で入団後、プロ3年目でブレークした。150kmを超える速球は球威抜群で、カットボールやツーシームを駆使して打者を圧倒する。8月には巨人菅野智之との投げ合いを制し「1-0」でプロ初完封も演じた。自己最多の15勝。勝率第一位の初タイトル。188cmの長身右腕は、前田健太も黒田博樹も去ったマウンドに君臨するエース候補と期待されていた。
だが、春は長く続かなかった。18年以降は6年間で4勝。不振が長引き、ずっとトンネルの出口を探してきた。
キャンプ初日。薮田は前阪神の小林慶祐とキャッチボールを行った。テイクバックの小さな右腕の振りは健在だ。傍らにはブルペンがある。2月中旬に2次キャンプ地の静岡に移動するまで、この室内練習場で投げ込んでいくわけだが、薮田は自戒を込めて言う。
「室内ブルペンって、投げる球のいき具合が分かりづらいんです。ミットの音も響くし、少し暗いので球威が出ているように見えます。でも、外で投げたら『アレ、全然、球がいってないな』って感じて、それで失敗したキャンプが何回もあって……」
投手は繊細な生き物であり、思いもよらないことが落とし穴になる。薮田の場合、室内に反響する音と速く見える球筋で錯覚してしまった。室内と屋外で異なる投球の感覚に惑わされ、不調に陥る引き金になって、やがて心も体も蝕まれていった。