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期待勝率94%が“一瞬で4%”に…藤井聡太をギリギリまで追い詰めた男の痛恨「最後のほうまで自分に勝ちがあったよな」 村田顕弘六段の告白
posted2023/07/15 17:00
text by
大川慎太郎Shintaro Okawa
photograph by
KYODO
八冠の夢がかすんでいた。
将棋界の全タイトル制覇に向かって驀進する藤井聡太の前に、村田顕弘六段(36)が立ちはだかったのだ。6月20日、関西将棋会館。藤井竜王・名人は王座戦挑決T準々決勝に臨んでいた。現在、七冠の藤井に残されたタイトルは王座のみ。挑戦権獲得まであと3勝に迫っていた。
対する村田は2007年にプロ入りした中堅棋士。下馬評は断然、藤井有利だった。それでも村田は強い意気込みで本局に臨んでいた。それは勝敗とは別のところにあった。
「将棋は人間同士が指すゲーム。序盤からAI通りに指さなくてもいい。自分の感覚でいいと、藤井さんを相手に証明したかった」
現在の将棋界はAI(人工知能)を使った研究が全盛で、定跡形の序盤は多くの変化を暗記できるかどうかの勝負になっている側面はある。
だが村田は人マネを好まず、自分の感覚を大事にする。「棋士として個性を出せないのはさみしい。といって今はAIに逆らうだけでもダメ」。その村田が近年、編み出した新戦法が「村田システム」である。
「角道を開けずに銀の活用を急いで、押さえ込みを狙う戦法です」
この秘策の前に藤井は苦しんでいた。村田陣の急所はどこなのか、攻略の糸口がつかめない。AIの評価値はじわじわと村田側に傾いた。
絶望的な差…唯一諦めていなかった藤井
村田は強かった。震えることなく攻め、リードを広げた。夜戦でも正着を続けていた村田が長考に沈む。30分が過ぎ、1時間を超えた。結局、残り81分から67分をつぎ込んで角を逃げる最善手を指した。モバイル中継の期待勝率は村田71%、藤井29%となったが、この長考が本局の命運を分けた可能性が高い。最終盤で村田は時間切迫に泣いたからだ。
「寄せ切れればわかりやすく勝てるので、攻める順を時間を投入して考えていたんです。でも掘り下げたら届かないことがわかった」
藤井に驚愕の勝負手が出た。タダで取られるところに銀を一つ立ったのだ。取ると村田玉が詰んでしまう罠にも村田は堪えた。ついに両者とも一分将棋に突入した。藤井が金で村田陣に迫る。期待勝率は村田94%、藤井6%まで差が開いていた。絶望的だが、藤井はただ一人あきらめていなかった。秒読みに追われた村田がこの金を取る。すると94%が一瞬にして4%に下落した。
逆転――。