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「あの男、甲子園だけ笑うんよ」上甲正典の宿敵、明徳義塾・馬淵史郎が明かす“上甲スマイル”の真実「笑顔なんて見たことがない。鬼。鬼ですよ」
text by
藤島大Dai Fujishima
photograph byHideki Sugiyama
posted2023/07/19 11:00
上甲正典の代名詞とも言える「上甲スマイル」。その実像を肝胆相照らす仲だった老将と教え子たちの証言で振り返る
「気づいたら夜の11時くらいということはありました。平日は夕方4時から。休日なんて朝の10時からです。ひとつの勝利への執念ですよね。愛媛の隅っこ、地元の子らの集まるチームを強くする。どこを伸ばせばよいのか。そこを徹底する」
長瀧の述懐。ヒットエンドランのサインが出た。「コツンと当ててランナーをひとつ進めてアウト」。仕事はしたのにベンチに帰ると怒られた。エンドランでお前は何をすべきか? その場で聞かれた。
「最低でもランナーを進めます」
「違うだろ。ホームランだよ」
いつしか「牛鬼打線」と称された。郷土の祭りにあやかるのだが、牛に鬼、いかにもピタリときた。
「牛鬼打線」が鎧をまとわせてくれた
ただし上甲野球はそれだけではない。
長瀧は言う。
「大雑把なイメージとは違って、新チームになると最初は延々と守備練習をするんです。ひとつのミスも許されない雰囲気。センチ刻みの位置取りの話をされる」
強打者不在なら柔軟に方針を転換する。
「自分の代は非力な選手が多かったので実は守り勝つチームづくりをされた。でも『牛鬼』のイメージが勝手に鎧をまとわせてくれました。相手がそう思って戦ってくれる。見えない力が作用しました」
上甲さんによって「守られてる」
本物のコーチングは「一般的によいこと」を超えて「目の前のこのチームのひとりひとりの身の丈に合う方法」を突き詰める。上甲正典もそうなのでは?
「それが本当に上手」。2019年の夏、母校を指揮してほどなく甲子園行きを実現させた気鋭の指導者は即答した。