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19歳から丸刈りとヒゲ「あの頃からベテラン感があった」東大監督・林陵平が語る前田大然との出会い…今も保存する衝撃の証拠写真とは? 

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杉園昌之

杉園昌之Masayuki Sugizono

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photograph byJ.LEAGUE

posted2022/12/29 11:05

19歳から丸刈りとヒゲ「あの頃からベテラン感があった」東大監督・林陵平が語る前田大然との出会い…今も保存する衝撃の証拠写真とは?<Number Web> photograph by J.LEAGUE

2017年、J2水戸ホーリーホックで13ゴールを挙げた前田大然(当時20歳)。翌年、松本山雅に復帰してJ1昇格に貢献した

 周囲に驚異のデータを称えられても前田はいつも平然としていた。「お前、すごいな」と声をかけても、浮かれる様子はなく、低い声で遠慮気味に「おーす」と短く返事をするだけ。ずっと謙虚な姿勢を崩さなかったという。当時30歳だった林氏がゴール前の動き出しやプレスに行くタイミングを先輩としてアドバイスすると、素直に聞き入れていた。

「若いときから、大人しくて真面目でした。大人の対応ができていたと思います。監督の指示にも忠実に従っていました。たとえ、悔しい途中交代をさせられたとしても、それを態度に出すことは一切なかったです。芯をしっかり持っている選手でした」

 カタール・ワールドカップでも出場した3試合は、いずれも60分前後で途中交代。森保監督の戦術プランに沿い、自らに課せられた仕事を献身的にこなした。ただ、林氏は同じチームのFWとしてコンビを組んだ一人として、前田の気持ちを慮った。

「グループステージでは悔しい思いをしていたと思いますよ」

 林氏は前田の内に秘めた思いを容易に想像できるからこそ、決勝トーナメント1回戦のクロアチア戦で先制ゴールを決めた瞬間は、まるで自分のことのように喜んだ。

 “鬼のプレス”だけで、J2の水戸から成り上がってきたわけではない。林氏は爆発的なスピードよりも、無尽蔵とも思えるスタミナよりも、同じストライカーとして評価している素養があるという。

 ワールドカップでフォア・ザ・チームの精神を貫いた前田が、水戸時代からすでに垣間見せていたものとは――。

(つづく)

#2に続く
20歳の前田大然が“11個上の先輩”にメラメラしてた覚醒前夜「陵平さんに負けたくない」元相棒が“鬼プレス”より好きだった“メンタル”

記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。

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