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「そんなこと、できるんですか?」清原和博が甲子園100回大会に向けた特別な思い「息子が生まれたとき、この子が高1になったら…」
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byTakuya Sugiyama
posted2022/07/30 17:02
2016年に覚醒剤取締法違反で逮捕され、執行猶予中だった清原和博(2018年撮影)
「野球をやっていれば、たった1本のホームランですべてを帳消しにできたんですけど、野球が終わってからはぽっかりと心に穴が空いたようになって……。もう自分が自分ではないような気がして、だんだんと夜の街に飲みに出るようになったんです」
老犬がぜえぜえと荒い息を吐き出すように、ひと言ひと言をしぼり出していた。
「そのとき、薬物に出遭ってしまった。離婚してひとりになってからは、ますます薬物に頼るようになっていきました……」
清原は1つ1つの質問に答えるあいだ、ちらっと怯えたように私たちを見やるのだが、すぐに目を逸らした。
私は甲子園で清原にホームランを打たれた投手たちのことを思い浮かべた。私の眼前にいたのは村田や彼らが語っていた清原ではなく、誰かの抜け殻だった。その弱々しい姿から、かつての英雄を想像するのは不可能だった。
インタビューは1時間ほどで終わった。それ以上は続けることができなかった。
インタビュー中に清原が放った何気ないひと言
私たちは六本木のホテルを出ると、広々とした車寄せから帰りのタクシーに乗った。車中では誰も口を開かなかった。窓の向こうに見える妙に青々とした街路樹を眺めているだけだった。私たちはたったいま目にした現実に呆然としていた。清原に会う前に抱いていた期待はほとんど消えかけていた。
ただ私の胸にはひとつだけ、あの新幹線の中で感じた光を繫ぎ止めているものがあった。それはインタビューの中で清原が放った何気ないひと言だった。
「留置場の中で、一体どこから人生おかしくなったのか、どこから狂い始めたのか、そんなことばかり考えていました」
その言葉が私の胸にポツンと残っていた。
清原は4年間に及ぶ執行猶予という夜を過ごす。闇の中にいる清原を追って内面を探っていけば、その先には光があるのではないか。少なくとも清原は自問し、それを探し始めている。書くべきドラマはそこにあるのではないか。沈黙の車内で同じ思考が何度も巡った。
それから私は月に2度、清原に会うことになった。彼が半生を振り返る独白手記を雑誌に掲載することになったのだ。掲げたテーマはこうだった。
薬物に堕ちたかつての英雄が、自らの内面をたどることで闇の中に光を探す――。
約束の日になると私は渋谷に出た。1週間おき、木曜日の昼下がり。週の初めでも終わりでもなく、朝でも夕方でもない曖昧な刻だった。地下鉄を降りて改札を抜けるとハチ公口への長い階段を上がった。それから山手線のホームで内まわりの電車を待った。対話の場所は六本木のホテルから恵比寿にほど近い白い壁の店になった。人目につかない静かな場所だった。南向きに窓のある日当たりのいい部屋が私たちの指定席で、テーブルの上のコーラはアイスコーヒーに変わった。それでも目の前にいる人物は抜け殻のままだった。テーブルを挟んで向き合った清原は相変わらず焦点の定まっていない眼をしていて、コーヒーグラスを持つ手は震えていた。そして、なにかを嚙んでいるかのように口をパクパクさせていた。何も口にしていないのに顎が咀嚼の動きを繰り返しているのだ。その反面、言葉はなかなか出てこず、ひとこと発するのに数十秒を要することもあった。そのたびに2人だけの音のない部屋には重たい沈黙が流れた。