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《日本ダービー3年前の大波乱》12番人気、単勝9310円…なぜロジャーバローズは大本命・サートゥルナーリアに勝てたのか?

posted2022/05/28 17:00

 
《日本ダービー3年前の大波乱》12番人気、単勝9310円…なぜロジャーバローズは大本命・サートゥルナーリアに勝てたのか?<Number Web> photograph by AFLO

2年前の日本ダービー。単勝1.6倍の大本命・サートゥルナーリアをおさえて、栄冠に輝いたのは12番人気のロジャーバローズだった

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江面弘也

江面弘也Koya Ezura

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AFLO

いよいよ明日29日、第89回日本ダービーが行われる。そこで、2019年に12番人気ながら栄冠に輝いたロジャーバローズのダービー制覇を追った「Sports Graphic Number」掲載の有料記事を特別に無料公開する。
〈初出:2020年5月21日発売号「ロジャーバローズ『12番人気の戴冠秘話』」/肩書などはすべて当時〉

本命馬たちを尻目に府中のゴール板を先頭で駆け抜け、ファンを驚愕させた去年の単勝9310円のビッグな波乱劇。生産者、馬主、調教師の回想をもとに、実力の底を見せないままターフを去った最新王者の誕生からダービー制覇までを追う。

◆◆◆

「やっとでたぞ!」

 うまれてきた仔を見た飛野正昭は思った。この馬は必ず大仕事をしてくれる――。

 仔馬の母馬はリトルブックという、イギリスからの輸入馬である。未勝利馬だがジェンティルドンナの母ドナブリーニの半妹(母がおなじ)になる。ジェンティルドンナが“牝馬三冠”を達成した'12年、イギリスのせり会社タタソールズ社から送られてきたリトルブックのカタログを見た飛野は、せりに行くジェイエス(馬専門の商社)の社員に依頼して、落札してもらったのだ。インヴィンシブルスピリットという種牡馬の仔を宿した価格は23万ギニー(約3240万円)。それまで飛野が買った、もっとも高い牝馬だった。

 飛野牧場(北海道日高郡・静内)はつねに15頭ほどの繁殖牝馬を揃えている。うまれる仔は毎年12、13頭で、従業員6人。日高の平均的な牧場ではこれが限界だ。飛野は牝馬の質を高めるために、大牧場の優秀な繁殖牝馬の近親を買い集めてきた。リトルブックもその1頭である。

1億円の保険、名前はミリオン

 '13年の春に最初の仔を出産したリトルブックに、飛野はディープインパクトを種付けした。ディープインパクトは種牡馬となった'07年から種付けしている。

 飛野は若いときに社台ファームの吉田善哉にかわいがってもらった。吉田について海外の牧場やせりに行き、ノーザンダンサーやニジンスキー、セクレタリアトなど世界的な名馬を直に見てきた。そのなかで、もっとも強烈な印象を受けたのがバックパサー('60年代のアメリカ最強馬)だった。

 ディープインパクトを見たとき、飛野はバックパサーを思いだした。姿形、皮膚の薄さ、歩き方……。よく似ていた。

 そういうわけで、牧場期待の牝馬リトルブックには毎年ディープインパクトを種付けしていくのである。最初の2年は不受胎などでこどもをとれなかったが、3年めに待望の牡馬が誕生した。骨量の豊富な、りっぱな体をした仔馬だった。

 生後1カ月がすぎて、飛野は「大きな仕事をする」と確信した仔馬に1億円の保険をかけた。以来、牧場での仔馬の愛称は「ミリオン(100万ドル)」になった。

 角居勝彦のことばをメモしていたカタログには、◎の上「非常にいい馬」を意味する「花丸」がついていた。上場番号409、「リトルブックの2016」だった。

 '16年7月12日、日本競走馬協会セレクトセールの二日め。猪熊広次は角居と一緒に当歳馬たちを見て回っていた。角居は馬に欠点があれば指摘してくれたが、どの馬がいいか、勧めることはしない。「どれがいいですか」と訊いても「オーナーが決めてください」と言う。

「オーナーは事業で成功されている。そういう方が選ぶほうがいいんです」

【次ページ】 馬運車で興奮、レース当日も入れ込んで……

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