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《日本ダービー3年前の大波乱》12番人気、単勝9310円…なぜロジャーバローズは大本命・サートゥルナーリアに勝てたのか?
posted2022/05/28 17:00
text by
江面弘也Koya Ezura
photograph by
AFLO
〈初出:2020年5月21日発売号「ロジャーバローズ『12番人気の戴冠秘話』」/肩書などはすべて当時〉
本命馬たちを尻目に府中のゴール板を先頭で駆け抜け、ファンを驚愕させた去年の単勝9310円のビッグな波乱劇。生産者、馬主、調教師の回想をもとに、実力の底を見せないままターフを去った最新王者の誕生からダービー制覇までを追う。
◆◆◆
「やっとでたぞ!」
うまれてきた仔を見た飛野正昭は思った。この馬は必ず大仕事をしてくれる――。
仔馬の母馬はリトルブックという、イギリスからの輸入馬である。未勝利馬だがジェンティルドンナの母ドナブリーニの半妹(母がおなじ)になる。ジェンティルドンナが“牝馬三冠”を達成した'12年、イギリスのせり会社タタソールズ社から送られてきたリトルブックのカタログを見た飛野は、せりに行くジェイエス(馬専門の商社)の社員に依頼して、落札してもらったのだ。インヴィンシブルスピリットという種牡馬の仔を宿した価格は23万ギニー(約3240万円)。それまで飛野が買った、もっとも高い牝馬だった。
飛野牧場(北海道日高郡・静内)はつねに15頭ほどの繁殖牝馬を揃えている。うまれる仔は毎年12、13頭で、従業員6人。日高の平均的な牧場ではこれが限界だ。飛野は牝馬の質を高めるために、大牧場の優秀な繁殖牝馬の近親を買い集めてきた。リトルブックもその1頭である。
1億円の保険、名前はミリオン
'13年の春に最初の仔を出産したリトルブックに、飛野はディープインパクトを種付けした。ディープインパクトは種牡馬となった'07年から種付けしている。
飛野は若いときに社台ファームの吉田善哉にかわいがってもらった。吉田について海外の牧場やせりに行き、ノーザンダンサーやニジンスキー、セクレタリアトなど世界的な名馬を直に見てきた。そのなかで、もっとも強烈な印象を受けたのがバックパサー('60年代のアメリカ最強馬)だった。
ディープインパクトを見たとき、飛野はバックパサーを思いだした。姿形、皮膚の薄さ、歩き方……。よく似ていた。
そういうわけで、牧場期待の牝馬リトルブックには毎年ディープインパクトを種付けしていくのである。最初の2年は不受胎などでこどもをとれなかったが、3年めに待望の牡馬が誕生した。骨量の豊富な、りっぱな体をした仔馬だった。
生後1カ月がすぎて、飛野は「大きな仕事をする」と確信した仔馬に1億円の保険をかけた。以来、牧場での仔馬の愛称は「ミリオン(100万ドル)」になった。
角居勝彦のことばをメモしていたカタログには、◎の上「非常にいい馬」を意味する「花丸」がついていた。上場番号409、「リトルブックの2016」だった。
'16年7月12日、日本競走馬協会セレクトセールの二日め。猪熊広次は角居と一緒に当歳馬たちを見て回っていた。角居は馬に欠点があれば指摘してくれたが、どの馬がいいか、勧めることはしない。「どれがいいですか」と訊いても「オーナーが決めてください」と言う。
「オーナーは事業で成功されている。そういう方が選ぶほうがいいんです」