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フィギュアスケート、氷上の華BACK NUMBER
北京五輪前、木原龍一は三浦璃来への施術を覚えて…担当指圧師が明かしたペア躍進の“知られざる舞台裏”「彼の人格のおかげです」
text by
田村明子Akiko Tamura
photograph by本人提供
posted2022/05/24 11:03
木原龍一、三浦璃来と、2人の挑戦を支え続けるトロントの指圧師、青嶋正さん
「ここまで効果が劇的だったのは、木原君の人格です」
「彼らはいきなり伸びたといわれるけど、そうじゃない。彼は以前からできたんだと思う。ちゃんと身体の錆を落としてあげたら、できるようになったんです」
コーチのブルーノ・マルコットが木原選手の第一印象をこう語ったことを思い出した。
「リュウイチはシングル選手の頃から知っていた。彼は元々美しいスケーティング技術を持っていたのに、ペアになったばかりのころの彼にはそれが生かされていないと感じました。リフトやスロウなど、ペアの技術を学ぶので精一杯だったのかもしれません」
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二人の言葉を合わせると、すっきりと納得がいく。本来の木原選手が持っていた能力の高さがなかなか生かせなかったのは、慣れないペアの技にチャレンジしているうちに委縮し、固まって痛めつけられた身体のためだった。
「ここまで効果が劇的だったのは、ぼくのテクニックではなくて、木原君の人格ですね。良いことを言ってあげても理解できない人もいるけれど、彼は素直で賢く、話が早かった」
痛みの原因は、支給待ちをしていた“壊れかけの靴”だった
ところがある日、原因不明の左の足首の痛みを抱えてやってきた。
「もともとペアはジャンプはそれほど多くないし、普通はまず痛めるとしたら着氷の足で、テイクオフの方が痛くなるというのはあまりない。原因は何だろう、と二人であれこれ話し合っているうちに、靴どうなの、と聞いたら壊れかけているのをだましだまし使っていた。『替えたいけれど、契約で支給があるので待っているんです』と言う。これは何とかしてあげたいと思うでしょう?」
スター扱いをされていたシングルのトップ選手たちと、彼らが別な世界にいることを実感したという。
「彼は『こんなもんなんですよ、ペアは。フィギュアスケートといえども、別物。記者も僕たちの前は素通りして行くので』と言っていた。こういうサポートがない状態で気持ちを保つのは、とても大変。だから彼の人格がすごいと思うんです」
靴は結局ダックテープを買ってきて、一緒に応急処置をしてこらえたという。
「パートナーを絶対に落とさない」の覚悟とは
そのうち、木原選手だけを治療しても限界があることに気が付いた。
「彼の場合はペアなので、木原君の治療は木原君で終わらないということに気が付いた。彼がきついというのは、璃来ちゃんの調子が乱れている場合。璃来ちゃんが調子よければ、木原君は楽なんですが、彼女の軸が崩れたりすると変なところいっちゃうので、それがきつい」
木原選手は常々、パートナーは絶対に落とさない、という決意を口にしてきた。
「絶対落とさないというポリシーを、深く理解していない人は多いけれど、それは命がけということです」と青嶋氏。「大げさだと思うかもしれないけど、パートナーがバランスを崩すポジションだと自分もバランスを崩す。そこで受け身が取れなかったら、二人分の体重を受けて転ぶことになる。絶対落とさないとは、それをやると言っているということ。だから記者の人に一行で書いて欲しくないんです」
青嶋氏にそう指摘され、思わずこちらも姿勢を正した。