野球のぼせもんBACK NUMBER
《ノーノー生観戦》前席のカップル、番記者、そして柳田悠岐もザワザワ…ホークス“東浜巨の97球”に福岡が燃えた夜「え、なんかすごい楽しい~」
text by
田尻耕太郎Kotaro Tajiri
photograph byJIJI PRESS
posted2022/05/13 11:03
ノーヒットノーランを達成し、喜ぶソフトバンク・東浜巨
そんな「ノーヒットノーランあるある」はいつの時代もどのチームでも不思議と変わることがない。
先述したとおり、大偉業を球場にいて生で見て、しかもその当事者に取材ができる。こんな幸運は次にいつ巡り合えるか分からない。取材者にとっても人生の財産である。
だけど、正直、試合中盤の頃は恐れていた。快挙達成となれば、いくつの取材案件をこなし、どれだけの原稿を書いて、何時にドームを出られるのかと頭をよぎった。
6回表が終わる。筆者は「担当記者」を担っているデイリースポーツのオンライン用に原稿を送付した。しばらくするとネット上に記事がアップされる。他媒体も「東浜6回までノーノー継続」の速報が上がる。気づけば、笑っていた隣の記者もカタカタと指を動かしていた。
変わっていく空気…前席のカップルもくぎ付けに
球場の雰囲気も変わってきた。PayPayドームの記者席はバックネット裏の最上段にあって、筆者のすぐ目の前は客席だ。この日は若いカップルが野球観戦を楽しんでいた。
試合中にビール売り子が何度も階段を駆け上ってやってきた。いい気分になってくれば声も大きくなる。聞こえてくる会話の内容からすれば、男性はかなりのホークスファンで、女性の方は殆ど野球観戦に来たことはなかったようだった。
8回表、西武の先頭打者は4番の山川穂高だ。全体的に振るわない打線の中で、唯一絶好調のバッターだ。大きな山場である。男性は一生懸命、この局面とこの対戦の意味を説明していた。もちろん、それを誰より理解しているのは東浜だ。甘い球は絶対に投げない。低め、もしくはコースをついて1ボール2ストライクと追い込んだ。そして勝負球はカットボール。外角低めにコントロールされ、山川はバットの先で当てるのが精一杯。ボテボテの二ゴロに打ち取った。
ドーム全体に緊張感…「え、なんかすごい楽しい~」
「よっしゃー!」と右手を突き上げた男性。彼だけではない。ドーム全体が歓声と拍手、そしてどよめきに包まれた。普通のムードでなくなっていき、独特の緊張感が走っていくのが女性にも伝わったのだろう。手元のビールカップよりグラウンドに目をやる時間が明らかに多くなった。「え、なんかすごい楽しい~」。そんな純粋に野球ファンが喜んでいる光景を目の前で見れば、皮算用をしていた自分が恥ずかしくなった。
試合が始まって2時間37分。ついにその時は訪れた。