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高梨沙羅16歳「1mでも先へ飛びたい」「浅田真央さんの考え方が参考に…」 “素朴で文武両道な女王”が語ったジャンプへの愛
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byStanko Gruden/Agence Zoom,Getty Images
posted2022/02/13 06:00
2012年の高梨沙羅。10代からW杯で勝利を積み重ねる偉大なジャンパーだ
「お父さんに電話をした」だけですぐ修正できる
「調子が落ちていて、どう修正すればいいのかよくわからなくなっていました。自分ではどうしようもないから、日本にいるお父さんに電話をしたんです。飛んだときの状況を話したら、最適なアドバイスをくれて、本番までに間に合いました」
ジャンプを見ずとも話を聞いただけでアドバイスできた父もさることながら、父の言葉によってすぐ修正できたのも、やはり、スタイルが確立されているからこそである。
高梨はただ上手いだけの選手ではない。練習に向き合う真摯さと集中力がその技術を支えている。それはこんなエピソードにも表れている。
高梨は昨春、旭川市の「グレースマウンテン・インターナショナルスクール」に入学した。海外遠征を通じて英語力の重要性を意識したことから英語の教育に力を入れる同校を選んだのだ。そして8月、高校卒業程度認定試験(旧大学入学資格検定)に合格した。競技に集中できる環境をいち早く整えようという意図からだったが、わずか4カ月で、「高校を卒業した者と同等以上」と認定されるだけの学力をつけ、18歳に達すれば大学を受験する資格を得たのである。
「朝5時半に家を出て始発電車に乗って、電車の中で勉強したり、1日に11時間くらい勉強していました」
「強い選手がいたほうが幸せというか、自分が強くなれる」
そんな高梨をさらに成長させたのがライバルの存在だ。昨シーズンのワールドカップ総合女王であり、今シーズンの世界選手権では高梨を抑えて優勝したサラ・ヘンドリクソン(アメリカ)である。
「ずっと彼女を目標にして飛んでいたんですけれど、やっぱり彼女はすごい技術と精神力を持っていると思うんです。今までどおり、大きな存在であることはかわりないです。
彼女からすごくいい刺激をもらっています。強い選手に追いつこうと思って練習を頑張って、そして抜くことができたとき、快感というか達成感は大きいと思うんです。それに強い選手がいたほうが幸せというか、自分が強くなれると思う」
先の世界選手権では、勝負への強烈なこだわりを示す出来事があった。
個人の1本目はヘンドリクソンに続く2位で終わり、2本目が始まる前のことだ。1本目でテレマークが入らなかったことに対して「足が痛いのか」と指摘したコーチに、「足が砕けても2本目は入れます」と返したのだ。
「クロスゲームになっていたし、ベストを尽くすと決めていた試合で、足が砕けるのが嫌だからテレマークを入れないなんて、ベストを尽くしたことにならないです。だから勝てなかったけれど満足しています」
ジャンプという競技への適性もきっとあっただろう。だが、それを磨き上げることを怠らなかったからこそ、現在がある。
今シーズンを振り返る中で、高梨はつぶやいた。
「今まで積み重ねてきたものとか徐々に出始めていることもあると思うけれど、支えてくれる皆さんのおかげで今の自分があると思います」
それは「家族であったり、コーチであったり、応援してくれる人たち」であるという。そして、「例えば」と言った。
「ジャンプ台にしても、たくさんの人が私たちよりも朝早くから来て整備してくれているから飛べるんですね。それを考えると、感謝せずにいられないです。いつからそう思うようになったか覚えていないけれど、自分もジャンプ台の整備を経験したことがあります。どれだけ大変なのか、知っているのでそう感じるようになりました」
華々しい活躍は必然、多くの注目を集める。例えば、札幌でのワールドカップの取材申請の数は、200をゆうに超えた。ジャンプの大会ではむろんのこと、夏冬を通じ他の五輪競技の大会と比較しても異例の多さだ。大会中は、競技の前後を問わず、多くのテレビカメラが高梨の後を追い、中には行き過ぎと感じられるほど執拗なクルーの姿が見られることもあった。
多くの取材陣にも真摯に対応するワケ
大会ばかりではない。遠征に出発する、あるいは帰国時の空港には常に多くの取材陣が押し寄せる。
そうした「日常」は、16歳という年齢を考えてみれば、いや、16歳ではなくとも、戸惑わずにはいられないのではないか。ましてや「遠征先では散歩に行ったり、本を読んだり。(移動の機内でも)読書や寝ていたり」というように、物静かな性格でもある。
高梨は自身が注目されることを、こう感じている。
「あまり表に出るのが好きじゃないんです。実を言うとカメラが苦手なんです。向けられると逃げたくなるような根暗な性格なんです。撮るのは好きなんですけれど(笑)。とくに大会前というのは気持ちも入っているし、アップとか大切な練習はじゃまされたくないという気持ちがあるので、あまり大会前に取材されるのは好ましくないんですね」
それでも試合後に、テレビや新聞などの囲み取材を厭うことはなかった。