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クロアチア在住・北京金メダル石井慧34歳が語った“理想の格闘技人生”とは? 初参戦のK-1勝利後に明かした「タイトルマッチをしたくない理由」
posted2021/09/26 11:03
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph by
K-1
〈石井弱かった〉
2010年1月1日のスポーツ紙、その一面を飾った見出しをよく覚えている。石井慧はその前日、2009年大晦日に総合格闘技デビューを果たし、柔道五輪金メダリストとしても総合格闘技でも先輩にあたる吉田秀彦に判定負けを喫したのだった。
石井は2008年、北京オリンピックの柔道100kg超級で優勝。その後プロ転向を宣言し、大きな注目を浴びていた。奔放な発言も話題になっていたから、マスコミとしても食いつきやすい“ネタ”だ。
金メダリストがプロで派手なデビューを飾ればそれでよし、そうならなければ〈弱かった〉と切り捨てる。“世間一般”に向けたメディアの目線は、ここまで雑で酷なのかと驚いた。実際には経験値の差で敗れたのであって、批判されるような試合ではなかったのだが。
そこから石井は独自の格闘技人生を歩むことになる。プロ2戦目の舞台はニュージーランド。DREAM、RIZINに出場するだけでなく、アントニオ猪木率いるIGFでは藤田和之を下してベルトを巻いている(2013年)。さらにアメリカのベラトールにも参戦。2018年にタイトルを獲得したSBCという団体は『セルビアン・バトル・チャンピオンシップ』の略称である。愛知をベースとする大会HEATのタイトルも持つ。ポーランドのビッグイベント、KSWにも出場した。『QUINTET』などグラップリング(打撃なし、道着なしの組技マッチ)にも挑んだ。
師匠・ミルコが日本デビューした地でのK-1初参戦
そして9月20日、石井はまた新たな闘いの場に足を踏み入れた。K-1の横浜アリーナ大会である。MMA(総合格闘技)ファイターというだけでなく柔道出身。大会の一夜明け会見では、MMAとの勝手の違いを聞かれて質問自体に疑問を呈した。まったく違う競技なのは誰にでも分かることだから、聞くまでもないだろうというわけだ。
そんな畑違いの競技だが、石井は自ら参戦を望んだという。子供時代の彼が、総合格闘技より先に見て憧れたのがヘビー級全盛期のK-1だったのだ。石井は2017年、過去に連敗を喫した相手であるミルコ・クロコップに弟子入り。クロアチアに移住し、国籍まで取得している。師匠・ミルコが日本デビューしたのもK-1の横浜アリーナ大会。不思議な縁にミルコも喜んでいたそうだ。
試合は100kg以上のスーパーヘビー級で行なわれた。日本に100kg超の選手がそう何人もいるわけではない。今回は、通常クルーザー級(-90kg)の愛鷹亮と対戦している。とはいえ相手は打撃の専門家、戦前の予想としては石井不利と考えるしかなかった。