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「ショウタイム」と「デグロミネーター」。“飛ぶボール”時代の超人ふたりがメジャーの歴史を塗り替える

posted2021/07/03 11:01

 
「ショウタイム」と「デグロミネーター」。“飛ぶボール”時代の超人ふたりがメジャーの歴史を塗り替える<Number Web> photograph by Getty Images

6月26日のフィリーズ戦の登板で「6回2失点」が話題になったデグロム。それまで31イニング連続無失点だった

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芝山幹郎

芝山幹郎Mikio Shibayama

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 大谷翔平が驀進している。ブラディミール・ゲレロJr.との本塁打王争いでは、ついに単独トップに立ったし、オールスターゲームの先発出場も、ほぼ確定的にした。そうなると、差し当たっての楽しみはふたつだ。ホームランダービーで優勝できるか。投手としても、オールスターゲームで登板の機会があるか。両方が実現されれば、文字どおり「ショウタイム」が全開だ。

 メジャーリーグの歴史を塗り替えそうな活躍を見せているのは、実は大谷ひとりではない。投手の世界では、「デグロミネーター」ことジェイコブ・デグロム(メッツ)の無双ぶりが群を抜いている。

 6月29日現在、デグロムは13試合に先発し、78イニングスを投げて7勝2敗、防御率0.69、奪三振122という圧倒的な数字を残している。

 とくに注目すべきは、その防御率だ。

 1901年以降の近代野球で、史上ベストの防御率を残したのは、1914年のダッチ・レナード(レッドソックス)とされる。この年、開幕時に22歳だったレナードは、224回3分の2を投げて19勝5敗、防御率0.96という記録を残した。

 ただ、断わるまでもないと思うが、これは「デッドボール(飛ばないボール)」が使われていた時代の記録だ。ライヴボール(飛ぶボール)が使われはじめたのは1920年以降のことで、1919年に29本だったベーブ・ルースの本塁打数は、一気に54本へと急増した。

「飛ぶボール」時代の名投手たち

 では、ライヴボール時代の「無双の投手」といえばだれだろうか。真っ先に浮かぶ名前は、やはりボブ・ギブソン(カーディナルス)だろう。

 1968年、のちに「投手の年」と呼ばれたこの年、ギブソンは304回3分の2を投げ、22勝9敗、防御率1.12という驚異的な数字を残した。時代を反映して投球回数も多いが、34試合に先発して、28完投13完封という結果が、現在の眼から見ると信じがたい。

 ギブソンの記録に迫った投手も、何人かいる。同じ68年のルイ・ティアント(インディアンス)は、258回3分の1を投げて1.60の防御率を残した。85年のドワイト・グッデン(メッツ)は、276回3分の2を投げて防御率1.53だった。

 この年(メジャー2年目。20歳)のグッデンは、本当に素晴らしかった。自慢話めくが、私はその躍動を、メッツの本拠地だったシェイ・スタジアムで目撃した。対戦相手が当時は弱体のブレーヴスということもあって、若武者グッデンは三振の山を築いていった。球種は速球とカーヴのほぼ2種類だったが、カーヴの落ち方が尋常ではなかった。いまでは死語となった「懸河のドロップ」という形容が脳裡で明滅するほどの落差だったのだ。

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