Number ExBACK NUMBER
山井→岩瀬、13年前“消えた完全試合”の夜 日ハム側の証言「完敗したのに、なぜかどんちゃん騒ぎだった」
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byBUNGEISHUNJU
posted2020/12/07 17:02
あの“消えた完全試合”の後、マウンドで捕手・谷繫と喜びを分かち合う先発・山井
《山井投手のボールはイメージできていましたが、初見に近い状態で、万全のクローザーと対戦しなければならなくなった。そうなると打者は闇雲にヤマを張れないんです。一振りで凡打してしまうと、後ろに繋がらない。だから地蔵と言うんですが、様子を見ながら粘ってフォアボールを狙っていく。そういう選択しかありませんでした》
落合が決断した投手交代により、曲者であるはずの金子は動かぬ石仏にされ、時限爆弾はそのカウントダウンを断ち切られた。
《追い込まれてからは粘ろうと思ったんですけど、それもできずに終わってしまった》
完全試合どうこうではないんだ……
わずか4球で空振り三振に倒れた金子はベンチに戻ると、ドサリと腰を下ろして天を仰いだ。対岸のベンチに目をやると、充満した熱気の中、ジャンパーを羽織った落合が冷たくマウンドを見つめていた。
《勝つためには、ここまでやるんだ。完全試合どうこうではないんだ、と感じました》
金子の眼前で、代打の高橋信二、小谷野栄一が淡々と打ち取られていった。ベテラン田中に打席をまわすこともできなかった。
《最後、こんな終わり方なのかって……》
いくつもの野球観を重ね合わせ、球団史を塗り替えてきたチームは、最後、史上初めての完全試合継投によって敗れ去った。
「なぜかどんちゃん騒ぎできた」
《ここのところ、いろいろなことが遠くなってるんですけど……なぜか、あの頃のこと、あの試合のことは鮮明に覚えています》
あれから13年が経った。バットを置き、指導者としてファイターズのユニホームを着る金子は、壁の時計を見て「愉しい話をしてると、あっという間だな」と笑った。
不思議なことにあの夜、金子の胸に残っていたのは、充実感だけなのだという。
《名古屋のホテルに戻って、食事会場にみんな集まって、残念会をやったんです。でも、なぜか、みんな負けたとは思えないくらいにどんちゃん騒ぎできたんです》
アイスボックスに、ビールもワインも焼酎も、あるだけの酒をすべて注いで仲間たちと回し飲んだ。最初は完全試合で敗れた屈辱を忘れたい一心だったのだが、強烈な酔いの中にあったのは、達成感だけだった。
「ヒルマンさんなら、山井を……」
つまり球史に残る敗北を喫した者たちの心は晴れ渡っていたのだ。なぜか。