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羽生さんは別格、では藤井くんは? 中村太地七段が語る将棋の“格”。
text by
茂野聡士Satoshi Shigeno
photograph byTadashi Shirasawa
posted2020/09/07 11:50
藤井聡太六段(対戦時は五段)は羽生善治二冠に勝利した。しかし、これで「藤井くんの方が強い」と言えないのが将棋の奥深さなのだ。
永世七冠にプレッシャーをかける15歳。
話を朝日杯に戻そう。藤井五段の目の前にいたのは、あの永世七冠である。なのに、藤井五段はいつもの1局といった具合に、さらりと勝ってしまった。
「藤井くん、ヤバいな」
決勝の終局直前、スタジオ控室にはこんな声も挙がっていた。
プレッシャー、感じてないんじゃないか。というか、もうすでに藤井くんがプレッシャーをかける側になっているのでは?
筆者は、そんな気すらした。
「“藤井強し”というのを知らしめましたね。藤井さんにしてみれば、普通に指して、普通に勝った。一番すごいことをやってのけましたよ」
羽生二冠、広瀬八段相手の完勝を見て、中村王座はこう言った。二度も羽生さんの壁に跳ね返された経験を持つ中村王座の目に、“ほぼ将棋の神”に挑んだ藤井くんの姿はどのように映ったのだろうか。
「気おくれは全くなかったと思います。相手が羽生二冠でも委縮する様子は全く見えなかった。ただ盤上の最善手を追求するだけ。藤井さんがよく言っている『目標は強くなること』をそのまま出しましたよね。普通、目の前に羽生二冠がいて、なおかつあれだけの観衆が見守る大舞台なら緊張してもおかしくないんですけどね」
中村王座「藤井くんは今の方がやりやすい」
実は中村王座は、非公式戦ながら藤井四段(当時)と対局し、敗れたことがある。そしてこれからは公式戦でライバルとして対局するだろう。
「正直、当時はプロになりたてなのに注目度は抜群だったし、かなりやりにくかったんじゃないですか?」と、ちょっと意地悪な質問をぶつけた。それに対して、むしろ嬉しそうな表情を浮かべてこう言ったのが印象的だった。
「たしかに、むしろ今の方がやりやすいかもしれません。というのも、1年前の藤井さんはまだ新四段で、これからという立ち位置。私たちは先輩棋士として胸を貸す立場でした。ただこの1年間、連勝記録を成し遂げたり、佐藤天彦名人、そして羽生二冠も破るなど、藤井さんが活躍したことで世の中にその強さが知れ渡った。そういった情報もあって、ある意味“自分の方が挑戦者”といった気持ちで臨めますからね」
中村王座の言葉からは15歳へのリスペクトとともに、タイトルホルダーとしての意地も垣間見えた。