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甦ったケンブリッジ飛鳥の進化は止まらない。高橋大輔の元トレーナーが支えるオリンピックへ続く道。
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph byAsami Enomoto
posted2020/09/03 20:00
セイコーゴールデングランプリで安定した走りを披露したケンブリッジ飛鳥は直後に自己ベストを更新し、復調を見せつけた。進化はまだ止まらない。
高橋大輔とトップの大変さを知った。
「最初に会ったのは、2019年の8月でした。9月から10月にかけてドーハで行われる世界陸上を控えて、体のチェックをさせてもらいました。柔軟性や左右のバランスを確認するんですが、身体的には改善できる部分があるとは感じました」
ケンブリッジから正式な依頼があり、トレーニングのプログラムを考えるようになったのはオフシーズンの11月からだった。
「一緒に仕事をさせてもらうことになりましたが、実際に依頼をされた場合、受けるかどうかは迷っていました。日本では、トレーナーといえばどうしても“治療”するイメージが強いと思いますが、私の場合はケガを予防し、フィジカルの部分を高めるのが仕事になります。
私は高橋(大輔)選手を担当して、世界のステージで戦う大変さを身近で見てきました。トップアスリートの場合、トレーニングの教科書はありませんから、選手の変化に合ったトレーニングを考えていく必要があります。私はこれまで、ラグビー、バスケットボール、剣道、野球、サッカーなど、様々な競技の選手を見てきましたが、自分が出来る範囲で、陸上という私にとって新しい競技の選手に成果をもたらせるだろうか? という葛藤がありました。
ただ、最後に背中を押したのは、自国開催のオリンピックが目の前に迫っていて、それを目指す選手と一緒に仕事が出来るということが大きかったですね」
ケンブリッジの身体が変化した。
ふたりの取り組みがスタートし、渡部氏が課題として取り上げたのは身体の左右のバランスの改善と、上半身と下半身の連動性だった。
「ケンブリッジ選手の場合、両足の動きだと安定しているけれど、片足を少しずらす前後開脚や、片足を上げる動作をやると、左右で極端に違いました。出力の方法、バランスの取り方に違いがあったんです。それに上下の連動性についていえば、陸上短距離の場合は地面から生じる力を前方への推進力に変えていきます。ケンブリッジ選手は下からの力を体幹、上半身に伝える力が不足していたので、その連動性を意識したメニューを作りました」
それまでのトレーニングとは違った角度からのアプローチだったため、トレーニングを開始してから最初の1カ月、2カ月で身体がどんどん変化していった。
「本人も手ごたえを感じていたのだと思います。そのうち、ウェイトトレーニングのメニューもガラッと変えました」