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山崎康晃の帝京時代と今を結ぶもの。
「ほんとに悔しい。でも絶対に……」
posted2020/08/07 11:40
text by
日比野恭三Kyozo Hibino
photograph by
Naoya Sanuki
シーズン中のインタビュー取材は、タイミングが難しい。
選手は常に、好不調の波の中にいる。絶好調なら、舌も滑らかだろうと期待できるが、不調に陥っていたなら、普段より言葉少なな受け答えをされてしまうことも覚悟しなければならない。
横浜DeNAベイスターズの山崎康晃へのインタビューは、7月が下旬に差しかかるころに設けられていた。タイミングは、正直なところ、悪かった。
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今シーズンの山崎は、セーブの数こそ重ねていたが、安定感を欠く投球を続けていた。それでも、ルーキーイヤーの2015年からクローザーとして積み上げてきた信頼があったから、「ヤスで負けるなら仕方ない」がコンセンサスになっていた。
インタビューの直前、それが崩れた。
7月19日のジャイアンツ戦――。
1点リードの9回表に登板し、2アウトを取りながらも同点に追いつかれた。そして、走者を残したまま降板を命じられた。
同点のイニング途中に、いわゆる“絶対的守護神”がマウンドを降りたことは議論を呼んだ。投手の心中を慮り、「気持ちがぐしゃぐしゃ」「屈辱」とコメントする評論家もいた。
表面上は普段どおりだった。
そんなことがあった直後に、『Number』のためのインタビューは設定されていたのだ。テーマは高校野球。よりによって敗戦の記憶をたどってほしいというものだった。
明るい性格の山崎といえども、さすがに気乗りしないだろうな――。そう予期しつつ、テレビ電話の画面を前にしばし待った。
姿を現した山崎は、少なくとも表面上は普段どおりだった。帝京高校時代の思い出、2年夏そして3年春の甲子園での経験、エピソードを、問われた以上に答えてくれた。悔しさに満ちた過去を話しながら、笑みをこぼす場面も多かった。