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東京2020エンブレムができるまで。
デザイナー野老朝雄が仕掛けた秘密。
text by
芦部聡Satoshi Ashibe
posted2020/01/14 07:00
野老朝雄さん。
東京2020エンブレムの決定から3年半が経ち、2つの組市松紋はすっかり街にとけ込んでいる。45枚の四角形で組み上げられた両エンブレムに、デザイナーの野老朝雄氏が込めた思いとは。
東京のみならず、全国各地で東京2020大会の公式エンブレムを目にする機会が増えてきた。野老朝雄さんの手による「組市松紋」の採用が決まったのは'16年4月。シックな藍色の両エンブレムが街中を彩るまでには佐野研二郎氏作品の白紙撤回、コンペのやり直しなどの紆余曲折があったことを思い返すと感慨深い。
「最初のエンブレムにまつわる“騒動”はニュースで知っていましたが、改めてコンペをやり直すというのを聞いて、これはチャンスだと思いました。経歴や受賞歴などを問われた最初のコンペと違って、応募資格は、『18歳以上』で『日本国籍および日本在住の外国籍』の『個人または10名以内のグループ』と、とてもオープンなものになった。僕は東京生まれの東京育ちなもので“ふるさと”の感覚は希薄ですが、それでも生まれ育った場所で開催される五輪に自分が関われるというのは特別なこと。意気込んで制作しましたね」
1万4599件の応募作品から選ばれた野老さんの作品は、五輪、パラリンピックともに藍色の市松模様だ。対をなすエンブレムには「多様性と調和」のメッセージが込められているというが、じつは他にも驚くべき“仕掛け”が隠されている。
「僕の作品に共通する“人と人が繋がる”というテーマを、今回のエンブレムでも表現したかったんです。応募の際にはコンセプトの説明文も合わせて提出しましたが、200文字以内という制限があったので、『江戸時代から続く伝統的な市松模様と藍色で日本らしさを表現』みたいなことしか書けなかった。本当は五輪、パラともに対角線の長さが同一である3種類の四角形45枚によって構成されていて、両方のエンブレムの白い円状部分の面積が同じ……といったテクニカルなことも伝えたかったのですが」
45枚の四角形は大きな24角形と小さな12角形に分割できる枠組みに配置されており、配置の仕方を変えることによって数億通りものパターンが作られる。数学的なアプローチによってデザインされているのだ。
本能的なパズルの気持ちよさを生かして。
「ネットをエゴサーチしてエンブレムに対する世間の反応を見てたんだけど、パネルの枚数や枠組みのシステムに気づいてくれた数学者の方がいて嬉しかったですね。さらにはPCで動くエンブレムジェネレータを作ってくれた方がいたりと思いも寄らぬ拡がりをみせて、とても感慨深いものがありました。僕自身は完全なる文系。理系的な思考は大の苦手で、算数止まりの考えでデザインしているんですけどね」
一見すると非対称にも見える五輪のエンブレムだが120度の3回対称、つまりシンメトリーになっている。自作したという木製の特製パズルを動かしながらエンブレムの仕組みを説明してくれたが、四角形によって構成されているデザインは立体物としても表現しやすく、直感的でもある。
「パズルというものは普遍的なものですよね。ピースがパチッとハマると気持ちいい、ハマらないと気持ち悪いという感覚は、誰もが理解できる世界共通のもの。このエンブレムにもそういった本能的な感覚に根ざす何かがあるんだと思います。パラリンピアンの河合純一さんとお話しする機会があって、立体のエンブレムを触ってもらったんです。すると『五輪のデザインは輪になってるんですね』『パラはサムズアップしてるみたい』と、すぐに理解してくれました。今回のように共通するテーマ、コンセプトで五輪とパラのエンブレムを作るのは、これまでの大会では実現しなかった画期的な試みです。これはオフレコですが……よく考えられたデザインですよね(笑)。授賞式のときに『我が子のようなものです』とコメントしましたが、まさに親バカ気分です。羽田空港の売店でエンブレムがプリントされたTシャツを売ってるのを見つけて何度か買っています!」
野老朝雄ところあさお
1969年5月7日、東京都生まれ。東京造形大学デザイン学科建築専攻を卒業後、ロンドンの建築学校AAスクールへ。建築家の江頭慎に師事し、現在は独立して建築やアートの領域で活躍。アメリカ同時多発テロ事件以降、「繋げること」をテーマとし、幾何学原理に基づき定規やコンパスで再現可能な紋と紋様を継続的に制作。主な作品に大名古屋ビルヂングのファサードガラスパターンや大手町パークビルディングの屋外彫刻作品など。