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3度のKO負けから再起の八重樫東。
「試合がしたくなくなったら終わり」
text by
日比野恭三Kyozo Hibino
photograph byTakashi Shimizu
posted2019/11/15 18:00
キャリアで喫した3つのKO負けの記憶は、今も八重樫東の頭の中にしっかりある。それでも、戦う気持ちは残っていた。
「自分がやるとは思ってなかった」
帰ってきた男、八重樫は、12月23日に世界戦に臨むことが決まった。ミニマム、フライ、ライトフライと3階級のベルトを巻いてきて、4階級目となるスーパーフライ級の王者を目指すことは、現役続行の大きなモチベーションだった。だが、マッチメイクが難航した結果、次戦でターゲットとするのはフライ級のベルトである。
「まったく違う方向になりましたけど、いい方向転換ができたんじゃないかなとは思います。このまま宙ぶらりんで来年を迎えたらどんな気持ちになるんだろうと思ってましたし、勝負をかけにいくには、いい相手だなと思ったし……。
もう一回、こっち側、挑戦する側に戻ってきた。ぼくなんかは、そっちのほうがモチベーションが上がるタイプなんで」
相手は、IBF世界フライ級王者のモルティ・ムザラネだ。今年5月にも来日し、後楽園ホールで黒田雅之を3-0の判定で下した。八重樫は奇しくも、その試合の中継で解説を務めていた。
挑戦者は破顔する。
「もっとちゃんと見ておけばよかったですね。まさか自分がやるとは思ってなかった」
筆者は、記事を執筆した縁で、このインタビューの数日後に黒田と食事をする約束があった。「ムザラネについて、黒田くんに何か聞いておきたいことはないですか」と八重樫に尋ねると、ぜひ、と言って3つの質問を並べた。
「パンチは固かったか。パンチは見えづらかったか。体感としてのスピードはどうだったか。そこだけは聞いてみたい。感覚的なものなので、人間は対峙しないとわからないんです。重要な意見ですね」
黒田もまた、進退を悩んでいた。
後日、下北沢に近いもつ鍋屋で、およそ5カ月ぶりに黒田に会った。
41戦のキャリアを重ねた33歳。2度目の世界挑戦に敗れ、ここでも進退が話題にならざるを得ない。
黒田もまた、いつかの八重樫に似て、ボクシングと一定の距離を置きつつ身の振り方を決めかねていた。言葉にしてしまうことで何かが動きだすのを恐れているかのように、問いに対してしばらく唸った後、こう絞り出した。
「本当にこの後どうなるかはわかりませんけど、いまの気持ちとしては……5.5対4.5くらいですかね」
ウーロン茶で舌を湿らせつつ、黒田は現役続行にわずかながらに傾いている胸中を吐露した。
八重樫は10カ月悩んだらしいから――。
筆者がそう言うと、黒田は「じゃあ、まだしばらくは考えていられますね」と笑った。