ニッポン野球音頭BACK NUMBER
「お前」は不適切なフレーズなのか?
中日応援歌に見る選手とファンの関係。
posted2019/07/03 12:30
text by
日比野恭三Kyozo Hibino
photograph by
Kyodo News
あれはたぶん、高校2年生の初日だった。担任になった国語の先生が、教壇に立つなり開口一番、こう言った。
「ぼくはたぬきだ!」
あっけにとられたが、すぐにタネは明かされた。「友だちとうどん屋に入って、注文している時の会話を再現した」という説明だった。
言葉の表面だけを切り取れば、動物のタヌキに擬態してのセリフともとれるし、きつねうどんを注文した人に続いてたぬきうどんを注文した人のセリフともとれる。「言葉は状況によって異なる意味を持つ」ということを、先生は進級したばかりの私たち生徒に教えてくれたのだ。
私はその時、強烈なインパクトを受けると同時に、日本語の豊饒さをしみじみ感じたように記憶している。
そんな20年ほども前の光景が思い返されたのは、7月1日、言葉に関する“騒動”が持ち上がったことがきっかけだった。
ツイッターで、中日ドラゴンズ応援団が【重要なお知らせ】として、以下のように発信した。
~~~~~~~~~~~~~~~~
この度、当団体で使用している「サウスポー」について、チームより不適切なフレーズがあるというご指摘を受けました。この件について球団と協議した結果、当面の間「サウスポー」の使用は自粛させて頂くこととなりました。
皆様には何卒ご理解、ご協力の程宜しくお願い致します。
~~~~~~~~~~~~~~~~
その後の報道で、ことの経緯は明らかになっていく。
「お前が打たなきゃ誰が打つ」はダメ!?
要約すると、ドラゴンズの与田剛監督が応援歌「サウスポー」の歌詞にある「お前が打たなきゃ誰が打つ」の「お前」という表現に対し、「『お前』ではなく選手の名前で呼んでほしい」との意見を球団側に伝えた。その旨は球団から応援団へ要望として伝えられ、歌詞の急な変更は難しいと判断した応援団が、当面の演奏自粛を決めた――。
ただ、与田監督の「『お前』ではなく名前で」というコメントは2日になってから出てきたもの。“騒動”初日の段階では、応援団のツイートで「不適切なフレーズ」とされたものがどうやら「お前」の箇所であるらしいこと、そして発端は「チーム内から『選手に失礼では』と疑問視する声が上がった」(朝日新聞デジタル)ことだったと徐々に判明。
さらに、与田監督が「『お前』という言葉を子どもたちが歌うのは、教育上良くないのではないか」と指摘(スポーツ報知)したことも伝わってきて、騒ぎはいっそう熱を帯びた。
この件を知った時、私は率直に言って驚いた。
ファンが応援歌の歌詞の一部として、選手のことを「お前」と呼ぶのは不適切なのか。選手に失礼なのか。子どもたちへの教育上よくないことなのか。
言葉は時代とともに淘汰されるとはいえ、「お前」が消えるのはいくら何でも早すぎる……。