ゴルフボールの転がる先BACK NUMBER
マスターズがスマホを禁止する理由。
手動のスコアボードを見つめる興奮。
text by
桂川洋一Yoichi Katsuragawa
photograph byAFLO
posted2019/04/20 08:30
マスターズの白いスコアボードはもはや名物。不便ではあるが、そこには伝統と風情があるのだ。
「みんなが電話を見ていないのはなんて良いことだろう」
そして、ここにはウッズのプレーをカメラに収めようとするパトロンもいない。
ローリー・マキロイは開幕前、このマスターズ独自の“ケータイ禁止ルール”について「素晴らしいことだと思わない?」と語っていた。
「練習ラウンドのとき『みんなが電話を見ていないのはなんて良いことだろう』って(キャディの)ハリーに言ったんだ。いつものように顔の前に端末(スマホ)を持っていない。とても新鮮な気持ちだ。人々は学ぶべきことがあると思う。僕は今『デジタルミニマリズム』(カル・ニューポート著)という本を読んでいるんだけど、スマートフォンがもたらすたくさんの素晴らしいことは、正しい使い方をしたときのみにもたらされると書いてあった。オーガスタが伝統を守ることは素敵なこと、偉大なことだと思うよ」
昨年9月、ウッズはアトランタで行われたツアー選手権で、復活劇の序章となる5年ぶりのPGAツアー優勝、通算80勝目を飾った。
最終日の18番ホールで、興奮した大ギャラリーがロープを潜り抜け、一斉にフェアウェイに飛び出してタイガーコールを響かせた。ウィニングパットをタップインさせて、両手でガッツポーズしたウッズは涙をこらえながら、その光景に時代の流れを見ていた。
「昔とは違ったね。拍手のアート(伝統)はもうなくなった。携帯電話を手にしていたら、拍手はできないからね。だからみんな、叫んでいた。声がかれちゃうよ」
だがその7カ月後、当地から210kmほどにあるオーガスタには懐かしい景色が今もあった。万雷の拍手が降り注ぎ、小さなディスプレイ越しにではなく、顔を上げて、その目で歴史的なシーンを心に刻むファンがいた。
待つことが、興奮を増幅させる。
1997年、初めてグリーンジャケットに袖を通したときから、ウッズは変わった。ゴルフではパワーより経験を武器にするようになり、人生では父を失い、父になった。それでもマスターズはゴルフトーナメントの本来の姿をもって、スポーツ史上最高と言われるカムバックを受け入れた。
昔は感じることがなかったちょっとの不便さが、伝統の重みを呼び覚まし、原風景を垣間見せる。スピード化が止まらない現代社会で、本来の時の流れに沿って物事を“待つ”ことは、抱く興奮を増幅させることがある。オーガスタはきっとそんな場所。
僕らがこんなにもタイガーの完全復活を喜べるのは、この瞬間を10年以上、急ぐことなくただひたすらに信じて、待っていたからなんだ。
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