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真面目な男が「クレイジー坊主」。
いつも体を張った飯塚高史の引退。 

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堀江ガンツ

堀江ガンツGantz Horie

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posted2019/01/18 10:00

真面目な男が「クレイジー坊主」。いつも体を張った飯塚高史の引退。<Number Web> photograph by AFLO

新日本の名脇役として長年戦い続けた飯塚高史。ヒール転向は昔からのファンに衝撃を与えた。

天山救出からの裏切り。

 しかし、2001年に首を負傷し長期欠場。復帰後は新日本自体が“暗黒時代”と呼ばれた低迷期に入ってしまい、飯塚自身も表舞台に浮上することはなかなかなかった。

 そして2008年。飯塚は、ヒールユニットだったG.B.Hを追われ孤立していた天山広吉を救出し、“友情タッグ”を結成。……と思いきや、その天山を試合中に裏切り、まさかのヒール転向。髪を剃り上げ、髭を伸ばし、狂乱スタイルへの変貌を遂げた。

 当時の新日本は、暗黒時代から未来に向けて歩みはじめていた時期。ストロングスタイルひと筋だった飯塚の変身は、猪木イズムの呪縛を断ち切り、新たなエンターテインメント性の高い、現在の新日本プロレスへ踏み出すための号砲だったようにも思える。

 あれから10年。愚直なまでにヒールを貫き、言葉をしゃべらない“クレイジー坊主”というキャラクターに殉じた飯塚高史。

 思えば、'80年代末の冬の時代、'90年代末の混乱期、そして2000年代の暗黒時代。新日本が苦しい時、いつも身体を張っていたのが飯塚だった。

 しゃべらない飯塚は、引退発表会見にも姿を現すことはなく、引退理由もまだ語られていない。2月21日後楽園ホールでの引退試合では、誰と闘い、ファンに向けて最後のメッセージを残すことはあるのか。

 アイアンフィンガー・フロム・ヘルをマットに置く瞬間を見届けたい。

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