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海外生活7年半。
なでしこジャパン・熊谷紗希が海外で得た強さ。

posted2019/01/16 11:00

 
海外生活7年半。なでしこジャパン・熊谷紗希が海外で得た強さ。<Number Web> photograph by Kiichi Matsumoto

text by

林田順子

林田順子Junko Hayashida

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Kiichi Matsumoto

2011年の女子ワールドカップドイツ大会で、優勝を決定づけるPKを放った熊谷紗希。その年の7月にドイツの1.FFCフランクフルトへ移籍、現在はフランスのオリンピック・リヨンでプレーを続けている。7年半になる海外生活で彼女が学んだものとは。

 私は生まれ持った才能はないのですが、運がいいんですよ。

 小学生でサッカーを始めて、中学では札幌のクラブチームに入って。学校でも、私が入学した年にちょうどサッカーに熱心な部活動の先生が来て、前例はなかったけど男子のクラブに入れてくれました。練習だけですがそこでプレーできたことで、本州の高校の目に止まる機会を得たんです。高校でも1年生の頃から試合に出場させてもらって、代表にも呼ばれるようになって、アンダーの時から則さん(佐々木則夫)の元でプレーできて、すごく育ててもらいました。指導者やチームメイトとの巡り合いがあったことで、今こうして海外でプレーできていると思っています。

 海外でプレーしていて、正直サッカーへの姿勢や食生活、自己管理などは日本人の方がストイックだと思います。向こうに行って、こんな感じでいいんだなぁって思ったところはたくさんあります。

 例えば、高校のときは揚げ物の衣を取っていましたけど、今はバランスに気をつける程度。カロリー計算もしていません。体重は測っていますが、増えても“まあ昨日食べたし”と思うぐらいで、食事を減らそうとか思うことはなくなりました。あくまでもピッチで動けたらいい、食べた分は動けばいいや、って良い意味で軽く受け入れられるようになりました。

海外生活でキャパが広がったかな。

 あと向こうは家族をすごく大切にする文化で、友人や家族の結婚式で自分の試合を休んだりするんです。日本だと練習を休むことも躊躇するじゃないですか。自分の結婚式をクリスマス休暇に入る前の最後の試合の日に入れた選手もいましたね。なんでそこ?って思うのですが、監督も“行って欲しくないけど、人として反対できない”みたいなことをみんなの前で言ったりして(笑)。日本では聞きづらいなって思うことも、向こうだと聞くのはタダでしょう、って感覚なんですよね。よく聞けるね、ってことも平気で聞いたりします。

 だから海外に行って、納得できないことがあっても、受け入れるしかない、こういう考え方もあるんだって受け入れられるようになりましたね。自分にできることと、できないことって必ずあるし、それを気にしだすと変なストレスがかかっちゃう。選手としてはもちろん、人としてもキャパが広がったかなと思っています(笑)。

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