ファイターズ広報、記す。BACK NUMBER
ファイターズが王柏融に宛てた、
107ページもの「ラブレター」。
posted2019/01/04 10:00
text by
高山通史Michifumi Takayama
photograph by
AFLO
全力で思いを届け、届いた気がする。片思いは、両思いになったのだと確信する。
迫力満点の異名とは似つかわしくない横顔を、のぞかせた。
「台湾の大王」は、とてもピュアな野球少年だった。
新シーズン、2019年の目玉の王柏融選手が昨年12月20日に来日した。前日に、台湾・台北での盛大な記者会見を終えて一夜明け、暖冬だが、白銀の世界が広がる北海道へと降り立った。
その翌日に札幌ドームで、日本メディア向けの記者会見を行い、翌日に台湾への帰路に就いた。わずか2泊3日の行程。そんなわずかな時間でも、期待が膨らむ痕跡を刻んでいったのである。
新千歳空港の到着ロビーで初対面した。25歳とは思えない、良い意味での成功者のオーラを漂わせていた。堂々とした立ち居振る舞い。握手を交わした、その手はゴツゴツとして、程よい硬さがあった。バット・スイングを直近、これまでも積み重ねてきたことがすぐに分かる感触だった。
初の室内練習場で黙々と。
会見当日の12月21日。午後2時のお披露目の本番までの時間を利用して、足を向けたのは札幌市内の室内練習場だった。王選手の希望で午前、球団施設でウエートトレーニングに励んだのだという。偶然、田中賢介選手と中島卓也選手と居合わせたが、軽く談笑をした程度だったとのことだ。
空いた時間に、黙々と自分のすべきことをこなしていたという。家族も同行していたがひとり、その輪から離れての行動。台湾と同じような環境、時間を作り、野球を生活の軸としていたのだ。
過去にはオフに渡米をしてアメリカでトレーニングを行っていたという。意識の所在も台湾球界では、別格の存在だったとも聞いた。それを、すぐに確認できたのである。