中田久美の名言
ロスの銅メダルは押し入れにしまったきりで見たことがない。当時の私には屈辱のメダルでしたから。
中田久美(バレーボール)
2018/08/19
女子バレーボール日本代表監督となった今では「どんな色でもいいからメダルが欲しい」と語る中田だが、選手として獲得した1984年ロス五輪での銅メダルは「屈辱のメダル」だったと述懐する。1964年の東京五輪で“東洋の魔女”たちが金メダルを獲得して以降、日本に浸透していた「金メダル以外はメダルではない」という考えを持つ最後の世代が中田だったのである。
Number957号(2018/07/19)