清原和博 告白

清原和博 告白

定価:本体1600円+税

これは、どうしようもない、
人間らしさの記録である。

「自分の人生を振り返って、どこからおかしくなったのかとか、狂い始めたんだろうとか。苦しかったですね……」

覚醒剤取締法違反で逮捕されてから2年。栄光と転落の半生と、自らの罪を悔いながら、鬱病、薬物依存とたたかう日々を赤裸々に綴る。

岸和田リトルで野球を始めた少年期から、怪物の名をほしいままにしたPL学園と甲子園の記憶、盟友・桑田真澄と袂をわかったドラフト事件の真相とその後。西武ライオンズで4番として輝いた瑞々しい日々と数々の栄冠。憧れの巨人移籍後の重圧と屈辱――。

野球の申し子、甲子園のヒーローはなぜ、堕ちたのか。執行猶予中、1年間にわたりすべてを明かした「告白」。これは、どうしようもない、人間らしさの記録である。

もし、まだ僕の言葉を聞いてくれる人がいるのなら……。

今の僕のありのままの気持ちを残すことで、スポーツで挫折した人、覚醒剤をやってしまった人、何かを失いそうな人、これから生きる人たちのためになるのでしたら……

清原和博

目次

<序>

  • 「告白」の始まり

<告白1>

  • 岸和田の少年

<告白2>

  • 人生を変えた16の夏

<告白3>

  • 甲子園のライバル、そして桑田のこと

<告白4>

  • 1985年夏、最初で最後の瞬間

<告白5>

  • 「裏切り」のドラフト

<告白6>

  • ドラフトの「傷」

<告白7>

  • 黄金ルーキーの手帳

<告白8>

  • 無冠の帝王のジレンマ

<告白9>

  • FA宣言――巨人という決断

<告白10>

  • 松井敬遠、清原勝負の苛立ち

<告白11>

  • 肉体改造とグリーニーの理由

<告白12>

  • ピアスに込めた反骨心

<告白13>

  • 巨人解雇と涙の「とんぼ」

<告白14>

  • 鳴り止まぬ仰木さんの電話

<告白15>

  • 最後のひと花

<告白16>

  • 初めて引退を考えた日

<告白17>

  • ユー・アー・オールドマン

<告白18>

  • 清原和博は二度死ぬ

<告白19>

  • 526本目のホームラン

<告白20>

  • 俺、もうやめるわ

<告白21>

  • 生まれ変わったら、もう一度

<告白22>

  • 覚醒剤と心の穴

<告白23>

  • 今もまだ暗闇の中にいる

終わりにかえて――

  • 清原和博への「告白」

プロフィール

清原和博きよはら・かずひろ

1967年8月18日、大阪府生まれ。小学3年生でリトルリーグに入り、才能を開花。高校進学の際は全国から30校近い誘いを受ける中でPL学園に入学。高校1年から4番を務め、5季連続で甲子園に出場。優勝2回、準優勝2回という成績を残し、自らが放った甲子園通算13本塁打は歴代最多記録。1986年、ドラフト1位で西武ライオンズに入団。1年目で31本塁打を放ち、高卒新人記録を更新した。その後、西武の4番として君臨し、6度の日本一を経験。1997年、FAで巨人へ。4番として苦しむ時期はあったものの、9年間で185本塁打を積み重ねた。2006年にオリックスへ移籍。膝の怪我に悩まされ、2008年に現役引退。プロ野球通算525本塁打は歴代5位。引退後は解説者等で活動していたが、2016年2月に覚醒剤取締法違反で逮捕され、懲役2年6カ月、執行猶予4年の有罪判決を受けた。

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