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ベガルタの快進撃を支える21歳。
謙虚すぎる万能FW、西村拓真。

posted2018/04/14 07:00

 
ベガルタの快進撃を支える21歳。謙虚すぎる万能FW、西村拓真。<Number Web> photograph by Takahito Ando

J1第7節終了時点で、2位につけるベガルタ仙台。その勝負強さで若さを感じさせないプレーを見せる西村拓真。

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安藤隆人

安藤隆人Takahito Ando

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Takahito Ando

 昨年、ルヴァンカップのニューヒーロー賞に輝いたのは、クラブ史上初のベスト4に輝いたベガルタ仙台の20歳のストライカー・西村拓真だった。

 富山第一高校2年時に北信越勢初の高校選手権優勝を果たし、一躍注目を浴びた彼は、2015年にベガルタ仙台に入団。プロ3年目で掴んだ個人タイトルだった。

 しかし、この栄誉は彼にとって予想外なことだったのだという。

「受賞を知らされたときは正直、『なんで僕なの?』と思いました。僕の中には『(受賞は)自分だ』なんていう思いは一切なくて……気が付いたら周りが選んでくれていました。もちろんチーム初のベスト4という成績と、メディアの方々が選んでくださったことなので、物凄く光栄なことだと思っています。

 でも、僕は沢山ゴールを獲った訳でもない(10試合2ゴール)し、純粋に個の能力が評価されて獲れた訳ではないとも認識していますので。僕より相応しい若い選手は沢山いるはずですよ」

 彼の生き方には一本筋が通っていた。

 昔から、自分自身の能力をよく理解しており、コツコツと足りない能力・技術を積み重ねていける能力を持っていた。

グランパスのユースには行けないけれど……。

 彼は10代の頃、もともと目立つ存在ではなかった。

 中学まで愛知県で育ったが、「地元のグランパスのユースに行きたかったけど、僕の今の実力では獲ってもらえないだろう。でも将来にはやれる自信はあるので、グランパス(のユースチーム)と同じプレミアリーグに所属するチームに行きたい」と進路を摸索していたという。

 そんな時、彼の祖母が富山に住んでいたことから富山第一という選択肢が浮上した。「祖母の家からなら通えるし、プレミアにも高校選手権にも出たいと思っていた」ということで、彼は富山に新天地を求めた。

【次ページ】 自分の長所を伸ばすために、別の努力を。

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