スポーツ・インテリジェンス原論BACK NUMBER
設楽悠太らの成長を生んだ「MGC」。
駅伝とマラソンの関係性が変わる?
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph byAtsushi Hashimoto
posted2018/02/27 14:00
ゴール後、あらためて時計を確認した設楽悠太。この後道に倒れこんだが、達成感に満ち溢れていたことだろう。
練習で30km以上は走らず、月間走行距離も短い。
毎週のようにハーフマラソン、フルマラソンに出場してきた川内優輝(埼玉県庁)の「川内メソッド」を思わせるが、設楽の場合は普段の練習では30km以上の長い距離を走ることはないという。月間走行距離も1000kmに満たない。
ここが、面白い。
設楽が所属するHondaは、過去に藤原正和(現中央大学監督)、石川末廣らの日本代表選手を育てており、マラソンランナーの育成メソッドには自信を持っている。
トラックでのスピードを磨いた設楽悠太には、この方法が合っているようだ。
東洋大→Hondaラインが、ひとつの成功モデルを作った。
元青学の一色恭志も、迷いを消す自己ベスト。
そして東京マラソンで充実の表情を浮かべていたのが、2時間9分43秒の自己ベストで13位に入った一色恭志(GMOアスリーツ)だった。青学大3年生だった一昨年の東京マラソンでは、2時間11分45秒で日本人3位に入った。
しかし、実業団1年目の2017年度は、
「大晦日まで、5000m、10000m、ハーフマラソンやらなにやら、自己ベストを更新できなかったんです。こんなことは初めてだったので『このままで大丈夫なんだろうか?』と思ったこともありました」
GMOアスリーツを指導するのは、花田勝彦氏である。早大からヱスビー食品で瀬古利彦氏の下でトレーニングをし、1996年のアトランタ、2000年のシドニーでは日本の代表として戦った。
当初、一色は大学時代とは練習スタイルが違ったことで戸惑ったと話す。
「青学時代はポイント練習が水曜、そして週末の金曜、土曜のいずれかという感じで固定されていたんです。でも、今は結構バラバラで、うまくそれに合わせていけなかったというか」
花田監督も一色の戸惑いを感じつつも、この東京マラソンがスプリングボードになると確信していた。
「やはり世界を狙う以上、質の高い練習を求めていくわけです。学生から社会人になれば、これまでとは時間の流れが違うわけですから、戸惑うのも当然でしょう。一色とは、いろいろと話もしてきました。今回自己ベストが出て、いい形で1年目が締めくくれたと思います」
社会人1年目、誰にだって揺らぎはある。迷いを払拭してくれるのは、やはり「自己ベスト」なのだ。