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ジェイソン・デイ、父の死と母のがん。
不良少年が世界のトップに立つまで。
posted2017/05/22 08:00
text by
舩越園子Sonoko Funakoshi
photograph by
AFLO
今年3月。世界選手権シリーズ、マッチプレー選手権の初日、ジェイソン・デイが6番を終えたところで突然、棄権した。
「ジェイソンがWD(withdraw=棄権)して、クラブハウスへ引き上げたらしいぞ」
メディアセンタ―はにわかに騒々しくなり、記者もカメラマンも次々に選手用の駐車場へ走っていった。「また腰痛か?」、「いや、目眩(めまい)だろう?」等々、大半のメディアはデイがどこかを故障して棄権したと想像していた。
すでにデイはクラブハウスの中。彼のマネージャーのバド・マーチン氏がやってきて、メディアの大群に小声で伝えた。
「ジェイソンは、このあと会見します」
傷病で途中棄権した選手が直後に会見するというのは、きわめて稀だ。一体どういうことなのだろうかと首を捻っていたら、デイがクラブハウスから出てきて会見場へと歩き始めた。
だが、2、3歩ごとに足が止まってしまう。下を向き、しゃがみ込み、そのたびにマネージャー氏から背中や肩をさすられて声をかけられている。それが尋常な状況ではないことは、その場の空気から誰にも明らかだった。
今年の初め、母が告げられた余命12カ月。
どうにか会見場に辿り着き、壇上に座ったデイ。「僕の肉体は100%ヘルシーです。でも……」と言ったところで、大粒の涙をこぼし始めた。
「母は今年の初めにオーストラリアでがんと診断され、余命12カ月と告げられた。だから僕は、今、試合でプレーするのがとても辛くて……」
アメリカの先進医療なら母を救ってくれるのではないか。藁にもすがる想いでデイは母親デニングを自宅のある米国オハイオ州へ呼び寄せ、マッチプレー選手権の週の金曜日に州内の病院で緊急手術を受けることが決まった。
母に何かあったらどうしよう? 母の命に何かあったらどうしよう? そう考えたら、辛すぎてゴルフができない。プレーを続けることができない。だからデイは棄権して、母親の手術に付き添うことを選んだ。
マネージャー氏が米メディアに向かって補足した。
「ほら、ジェイソンは、父親のこともあるから。だから、今度は母親もかと思ってしまうんだよ……」
それを聞くまでもなく、デイの生い立ちを知る記者たちは、みな静かに頷いていた。